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第130回「FUN FUN FUN ♪」

 超マイペースでボク達がユルユルとやっているおやじバンドがこの8月に参加した夏のライブイベントで、主催をしている先輩から本番の1ヶ月くらい前に突如「お前達、1曲予定の曲を変えて、THE BEACH BOYSの"SURFIN U.S.A♪"をやれ!」と急に言われ、「ありゃァ~マジ?もう時間無いし・・・どうすんの、コレ?急に歌詞なんか覚えられな~い!」 
 思いながら慌てて練習をする事になったのがきっかけで、原曲のコードや歌詞を再確認する為にこの何年間ほとんど聴いていなかったTHE BEACH BOYSのCDをゴソゴソと探し出し、ついでに他の曲もあらためて色々と聴いてみたんだよね。 
 だけど昔からTHE BEATLESやTHE VENTURESと同様、THE BEACH BOYSも基本的にかなり好きだったからね。久し振りにあれこれ聴いたら、やっぱりスゴく心地良かったよ。特に"PET SOUNDS"以前の初期の頃の作品が、ボクはやっぱりお気に入りみたいだ。 
 元々、THE BEACH BOYSの名前を知ったのは中学生の時に従兄弟からもらった、ちょっと古めの"夢のハワイ"(実は余り好きでは無かった曲で、どちらかと言うとB面の方を気に入っていた。)というドーナツ盤だったんだけど、その後夏になると時々ラジオでかかる"サーフィンUSA"や"サーファー・ガール"という曲などが気に入ってしまい、特に"サーフィンUSA"は小学生の時にTHE VENTURESによって叩き込まれた3コードのブルース・スケールを8ビートに乗せるという、あの黒船の襲来のようなゾクゾクするようなビート感に例の爽やかなコーラスを加えると言う、THE BEATLESとは、また趣の違った独特のサウンドにボクは完全にノックアウトされたんだった。 

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 なのに、ボクの大好きだったその辺りの曲はボクが高校に入る頃になると、ちょっと古めどころか、完全にいわゆる「懐メロ」扱いで、レコード屋さんに行ってもニール・セダカやポール・アンカ、コニー・フランシス辺りのドーナツ盤と一緒に「懐かしのヒット・パレードコーナー」なんて言うエリアに押し込められているような始末だったし、中古レコード屋さんで買うと更に安かった。 
 アイビーファッションと音楽好きが共通項で仲良しだった友達の一人もボクがTHE BEACH BOYSと言うと「あの、変な裏声で唄うバンドでしょう?」などと半分バカにしてコミックバンドみたいに言うし、実はそいつ以外にもボクの周りに好きだと言うヤツは残念ながら居なかったんだよ。 
 ところが、その友達のTHE BEACH BOYSに対する評価が一変したちょっとした面白い事件が有ったんだよね。 
 ちょうど高3になった頃だったかに中学の頃からカーペンターズのファンだったその友達が新しくリリースされた"NOW & THEN"というLPを持ってうちにやって来て 
 「ねェ、"FUN FUN FUN"って、こないだお前がオレに無理やり聴かせたTHE BEACH BOYSの曲だよね?たぶんその曲を、カーペンターズが今回新しいレコードでカバーしてるんだよ!」 
 ボクはボクで、それまでカーペンターズって知っては居たけれど、ラジオでオンエアするヒット曲を認識している程度で、基本的にはほとんどそれ以上に興味を持った事が無かったから 
 「え?本当に?カーペンターズが?」 
 言いながら、とにかく2人で聴いてみた。 

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 聴いてみるとやっぱりTHE BEACH BOYSの"FUN FUN FUN"のカバーで、ボクは聴き終わった途端に、 
 「ねェ、お前の崇拝しているお前より遥かにスゴいヒト達がTHE BEACH BOYSに敬意を表しているじゃないか・・・メドレーのトップに入れているんだよ、どう?認めて降参する?」 
 「分かった、分かった、もう唄声が気持ち悪いとか言わないからレコ-ド貸して!」 
 そしてそいつはTHE BEACH BOYSの4曲入りのコンパクト盤だとかドーナツ盤を何枚か借りて帰ったまま、なかなか返してくれなかった。そしてようやく返しに来たと思ったらボクが持って居ないTHE BEACH BOYSのLPを買ったとぬかしやがったから、今度はボクがそいつの家にそのTHE BEACH BOYSの「グレイテストヒット」とか言うベスト盤のLPを借りに行った。 
 そんな事が有って、その後いつ頃だったのか良く思い出せないんだけれど、レコードのライナーノーツを読んで初めて知った事が、THE BEACH BOYSは結成当初は"ペンデルトーンズ"というグループ名で、当時カリフォルニアの若い連中に大人気だったシャツのメーカー名から拝借したと書いて有ったんだよね。ボクは、
  「へェ~、あのシャツね!だけど、選りに選って結構変な名前を付けたもんだねェ・・・全然イメージ湧かないや。」 
 そう思い、最初に想像したのは例の爽やかなアイビーを連想させる、あの有名なネイビーブルーとホワイトのボールドストライプのボタンダウンシャツだったんだよね。結果的には全然違っていた。 

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 その後また少し月日が経ち、上京して来た頃に原宿の"シカゴ"だったかでPENDLETONの古着のウールシャツを初めて買って気に入り、そしてPENDLETONというご機嫌なウールシャツのブランド名をようやく認識をしたんだけども、ボクは基本的に鈍感なんだろうねェ・・・まだその符号の一致に気が付かなかったんだよね。 
 そしてようやくPENDLETONと"ペンデルトーンズ"が繋がったのは"る~ふ"の店頭でPENDLETONのシャツを畳んでいる時だったんだよね。
 「何だ、そうか!そういう事か!こっちのシャツか・・・」 
思わず大声が出てしまったら同僚から 
「たまちゃん、どうしたんだよ・・朝からウルサイよ!」 
言われてしまった。 
 要するに最も初期のレコジャケ等に写っている、あのチェックのウールシャツがPENDLETONだったんだよね。現在うちの店頭にも同じ柄のモノが有るけれど、色々と差し支えが有るんだろうね、THE BEACH BOYSのシャツとは言えないから"ボードシャツ"と言うアイテム名になっているんだよ。 
 "ボード"というのは勿論サーフボードの事なんだろうけど、商品紹介も「60年代当時、カリフォルニアのサーファー達がこぞって着用していた・・・云々」と言う事になっている。 
 まァ、本当はTHE BEACH BOYSがデビュー当時に画像の柄のPENDLETONをお揃いで着、そして"ペンデルトーンズ"と名乗って居たからだと言う事なんだよね。 
 因みにTHE BEACH BOYSのメンバーの中でサーフィンをやっていたのはドラムのデニス・ウィルソンだけだった。 

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 そして何年か前に出版された、ティモシー・ホワイト氏の書き下ろし「ビーチ・ボーイズとカリフォルニア文化」という名著が有るのだけれど、それを読んでみるとそのような事の経緯が克明に記載されているので、謹んでここに抜粋させて頂くね。読み応えの有るとっても楽しい内容の本だったよ・・・。 

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 ・・・という事だったらしい、「へェ~!そうなんだァ・・・」ってカンジだよね。こうなると、たかがチェックのウールシャツ・・・という扱いは出来ない特別なシャツに思えて来るよ。  

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 バンドの名前なんて、後世に残る残らないにかかわらず、結構こんなカンジで軽く決められちゃうのかも知れないね。  

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 ここに記載が有るのが例のボールド・ストライプのボタンダウンシャツという事になるのかなァ・・・あのGANTだよ!当時は襟の後ろにボタンが付いていて、ボックスプリーツの所にハンガーループもちゃんと有るモデルだったんだろうなァ。
 75年の秋にボクは、ちょっとイヤな事が有ったのをきっかけにテレビ局のバイトを辞めようかどうしようかと迷い始めて居た頃だったんだけど、ちょうど給料日だったんだよね。
 それで休憩時間に食堂の横に有った公衆電話からいつものように大井町の「みどりや」に電話をしてマスターに「今日帰りに寄りますけど取り置きしてもらっているのって今月は全部で幾らになりますか?」って聞いたら金額を教えてくれてね。大概端数は切ってくれるから計算式は良く分からないけれどいつも15,000円だとか18,000円だとかの丸い数字だった。 
 そして「今日あたり来るだろうと思って、お前にブシュパンを取って有るから早く来いよ。」「は~い、じゃ後で寄りまァ~す!」なんて言いながら一瞬ブシュパンって何だろうと思ったんだよね。 
 実はボクが「みどりや」やアメ横で服や靴ばかり買って毎月のように慢性金欠症に陥り、いつもお腹を空かせているのをマスターのお母さんが良く知っていて、時々お店の奥に上がり込んでは、お餅を焼いてご馳走になったり、インスタントラーメンを作ってもらったり、パンとかお煎餅をもらったり(苦笑)していたから、何かパンの種類だろうか?なんて思って「ところで何ですか?その、今マスターが言ったヤツ・・・」聞いたら「ブシュパン・・・ブッシュパンツだよ、あ、そうか・・お前知らないんだよな。一応取って有るから見に来いよ、絶対カッコいいからさ・・・」 
 そんなやり取りが有って、バイトの帰りに「みどりや」に立ち寄ったら、いつものように顔見知りの連中が店の前で2~3人集まって喋っていて、ボクを見るなり「お~、たまちゃん久し振りじゃん、それ新色のBARACUTA?相変わらず稼いでるねェ~・・・」なんてイヤミ(笑)を言われながら店内に入って行った。 
 そして、取り置きをしてもらっていたモノを受け取ってお金を払ったりしていたら奥の棚からマスターが「これ、これ・・・お前29インチだよな?」言いながら出してくれたのが初めて見るLEVI'Sの#676というコーデュロイのブッシュパンツだった。 
 当時「みどりや」には、マスターと同じ苗字のやはりSさんと言うヒトがスタッフで居て、最初は血縁関係のヒトかと思っていたら実はそうでは無かったんだけど、そのSさんがその日見ると、もう早速同じブッシュパンツを穿いているんだよね。 
 それを見たボク「ひェ~!カ、カッコいい~!欲しい~」思った瞬間に「ボクも買います!」秒殺買いをしちゃった。 
 ちょっと焼き過ぎたトーストのような金茶色のコーデュロイでフロントとバックに付いたフラップ付きのブッシュポケットに何だかやたらに新しいアメリカンテイストを強烈に感じてね。「やったァ~!」ってカンジだった。 
 記憶がちょっと曖昧だけど、そのブッシュパンツは中畝のコーデュロイで、結構タテに縮んだ気がするから、あれはコットン100%のコーデュロイだったのかも知れないね。 
 そしたら、そのLEVI'Sのブッシュパンツって恐らくアメリカでもよっぽど売れたんだよね、次の年になったらLEEやWRANGLERからも同じようなデザインが出て来たし、BIG JOHNだとかBOBSONなんかの国産のジーンズメーカーからも続々と発売されたもんね。 
    
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 画像のモノはその後#646なんかに使用していたポリエステル混紡の細畝コーデュロイに変更され、フレアがもう少し強調されると言うマイナーチェンジ?をしたモノだと思うんだけど、ボクが買った時はこの独特のデザインが直輸入モノのLEVI'Sでしか存在しなかった(と、思う)からボクは、"る~ふ"で買ったミッキーのバックルのベルトをして、これ見よがしに得意になって穿いていた。(右の画像はBIG JOHNの広告) 
 ただ、それに合わせてアメ横で見たSANTA ROSAのワークブーツが欲しかったんだけどちょっと、その時は手が出なかったからCONVERSEのスエードとかFREEMANのデザートブーツを履いたりしていたけどね。 
 そして当時トップスは、ブッシュパンツにラグジャーを着るのが圧倒的にカッコ良かったんだよ。ボクはラグジャー風?のNORMANの太ボーダーの長袖ポロやWASHINGTON DEE CEEのネルシャツ、FOX KNAPPのチェックのCPOなどを合わせていた。 
 だけど時々「ブッシュパンツにBARACUTA着るのは、ちょっとキビしくねェ?」友達から言われたりもしていたよ。 
 画像は、ボクがブッシュパンツを買った翌年に平凡パンチから出た'76年の"MEN'S CATALOG"。そうそうブッシュパンツの着こなしは、こんな感じだったよ。 

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 そもそもコーデュロイという素材は元々は、74年頃に海外で先に注目されていたみたいで、それまで日本では"コール天"と呼ばれ、アイビーの世界でも秋冬の素材として紹介されていたのが、アメリカではLEVI'S等のコーデュロイパンツを始めOPやKATINのコーデュロイのウォークショーツを西海岸やハワイでは若者が年がら年中愛用するようになり、特に細畝のコーデュロイは日本だけだと思うけど"サマー・コーデュロイ"などと無理に?名付けられ、シャツやGジャンなど様々なアイテムに一挙に広がって行ったような・・・ちょうどそんな時期だったように思うんだよね。 
 '74年のan anには、ELLEによる本場パリで注目されているコーデュロイ素材の紹介記事が掲載されたりしていて、日本ではちょっとアンテナの高い女のコを中心に広まり始めたのが男のコより先だったみたいに書いて有るよ。 

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 そして以降は、その素材の事を"コーデュロイ"と呼ぶ事が最先端のオシャレでカッコ良い事で、相変わらず"コール天"と呼ぶのはファッションに鈍感な遅れたヤツというカンジになって行ったような気がするよ。ボクも慌てて"コーデュロイ"と言い直す事にしたもんね。 
 そして、西海岸ブームの到来によって折から台頭し始めた超人気サーフブランドのひとつ、OP(OCEAN PACIFIC)からも一度ブッシュタイプがリリースされた事が有ったんだけど、それを思い出して当時のLEVI'S(下の画像)などを参考にし、代理店さんと協同で復刻してみたのが先シーズンからの当店の人気者、OPのブッシュパンツとブッシュショーツだったんだよね。 
 特にパンツのシルエットに関しては少しアップデイトさせ、今風にモデファイしたけれど、そこはやっぱりOPらしくウェストにはエラスティック(ゴム)を入れ、ムードは当時のままを出来るだけ再現してみたんだよ。 

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 上の白黒画像はOPの代理店だったJ.S.Pの77年コレクションの展示会の案内。そして真ん中の画像はその頃のOPの雑誌広告だよ。 

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 今回再入荷したOPのコーデュロイ・ブッシュパンツ・・・基本的にはいわゆる「ゴム入りイージーパンツ」みたいなもんだから、"カッコ良く楽ちん!"なのは今時風で、やっぱりこの秋もかなりポイント高いと思うんだよね。

第128回「一生モノ」

 今月発売の雑誌「BEGIN」11月号、今回は"10年モノ ランキング"の特集だって。で、中身を見てみるとね、「うんうん、なるほど・・・みんなスゴいよねェ」ALDENにLEVI'S、CONVERSE、ROLEX・・・「業界の皆さん、アイテムに対する愛情が満ちていて本当に好きなんだね~サスガだよ」あらためて感心してしまった。 
 一応ボクも基本的にモノは大好きだから数だけはいっぱい有るよ、大半は粗大ゴミの山じゃ無いの?って周りからは、いつも言われているけどね。おまけに人間自体が古いから10年どころじゃ無くってもっと年月が経っているモノが行き場を失ってあちらこちらに散乱しているカンジ、全然自慢にも何もならないよね・・・この先、ボクはコレらを最終的にどうするんだろうねェ・・・ 
 ところで最近は"一生モノ"ってあまり言わなくなったよね。やっぱり今は"一生"という言葉を使ったり印刷物にしたりするとマズかったりするのかな?(と、思ってうちの店頭を見ていたらVANSONのレザートートにうちのマネージャーの小山くんが"一生モノ(になるかも・・)"とPOPを付けていやがった・・・苦笑) 

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  以前は"LIFE TIME STANDARD"なんていうカッコいい響きがする言葉も有って(誰かが作った造語なのかな?)ボクも個人的に好きな言い方だったから接客の時には良く使っていたし、時に雑誌の特集記事にもなったりしていた事が有ったんだけどね。 
 確かに思い返せばボクなんかもアメ横の時代なんて、REDWINGのブーツやSCHOTTのボマーみたいに、ちょっとやそっとではへこたれたり壊れにくそうなアイテムなどは「コレは大切に付き合って行けば、まず一生モノですからね・・・」なんて言いながら接客していた事も有るし、まさかお客様も「本当にヒトが生涯を終えるまで間違い無く使えるんですか?」なんて野暮な事を言い出すヒトも居なかったしね。 
 そこで考えてみたんだよ、10年や20年じゃ無く、今自分が愛用品として身に付けているアイテムの中で本当に生涯を終えるまで使い続ける事が出来るモノって幾つくらい有るんだろうか?ってね。 
 まず山ほど有るボクの洋服の類、それぞれの時代の特徴が出過ぎていて今さら恥ずかしくて人前では着られないというアイテムやサイズが合わない(小さくて着られない)アイテムは捨てない限り最後まで残るんだろうけど、基本的に繊維や布地には自ずと耐久性に限界が有るから、どんなに大切にしていても着続ける以上は多分生涯と言うのは難しいんじゃ無いだろうかね。(年に2~3回袖を通す程度で着続けるとは、きっと言っちゃいけないと思うんだよ) 
 仮に経年変化にも耐えて、かなり丈夫そうに思えるサープラスの#M-65ジャケットやデニムのGジャンなんかでも、やっぱり袖口や襟周りなどの要所々々がそのうちに擦り切れてダメになったりするもんね。 
 じゃァ、やっぱり究極の素材はレザーだよ!そう思ったけれど、丈夫そうに思えて袖口や裾なんかにリブを使ったモノなんかは、やっぱりそこからダメになっちゃうからあんまり凝ったものよりは、もっと単純な構造の方がきっと頑丈なんだよ。更に裏地を付けたモノだと絶対に裏地自体が先に破けて来るから、きっと裏地も最初から無い方がいいよね。 
 そうすると結局、大切に着ればひょっとして生涯着用が可能そうなのは#B-3 BOMBER JACKETや単純な構造のムートンコートくらいしか思い付かなかったよ。ただファッション・トレンドの潮流から明らかに外れている時にも着続ける勇気が有るかどうかという別のテーマが存在するんだけどね。 

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 一方リストウォッチなんかは、経年変化や摩耗等に強い金属がほとんど構成要素だからファッションアイテムと呼ぶには少し特殊だとは思うけれど、基本的には大丈夫そうに思うんだよ。 

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 特に実用時計としてのパフォーマンスに優れたROLEX OYSTERやHAMILTONのKHAKIみたいなのはメンテナンスさえ怠らなければ次世代に残せそうな気がするよ。 
 画像のモノは結構な年月の間ボクが交代で使い分けているリストウォッチだけど特にROLEXの方は実はコレ、手巻きのムーブメントなんだよね。ちょっとレトロな顔付きでボーイズサイズだというのがとっても気に入っていて多分30年以上は愛用していると思うけど、今さら防水機能も怪しいまま一応ベルトも交換し、ムーブメントのパーツなんかも都度交換しながら「あともう少し頑張ってね~!」ってカンジだよ。 
 (ちょっと余談だけどアメ横に居た頃ね、やっぱり当時も周りにうなる程売られていたから仲間達も若いクセに結構無理してROLEXを買っていてね、それでボーイズサイズの事は男物と女物の中間に位置するから、みんな「オカマサイズ」という呼び方をして居たのを今懐かしく思い出した。) 
 話しを元に戻すけど、そう考えると革で出来たワーク系のブーツやバッグの類はやっぱり丈夫だよね、グッドイヤーウェルト製法の靴ならある程度のソール交換が可能だし、ブライドルレザーで出来たバッグなんかは壊れそうな気がしないもんね。 
 と、言いつつそんなアイテムにメンテナンスやソール交換等をきちんと施していたとしても、本当に生涯使用に耐えるか?と聞かれると、やっぱり最終的には靴ならアッパーの銀面のシワ部分から劣化して行ったりライニングが破けて来たりする事が有るし、バッグなんかは底の角っこの部分やハンドルから傷んだり劣化する事も多いよね。特に金属製の錠前等が付いている場合なんかは、酷使によってそこが壊れちゃう時も有るもんね。 
 そんな事をあれこれ考えていたら何となく分かって来たよ、要するにモノを使い続けながら長持ちさせる為には出来るだけ丈夫な素材を使い、メンテナンスが余り必要じゃ無く、そして構造が単純で有れば単純な程良いんだよ。 
 そうだ!ベルトだよね・・・それも肉厚の1枚革のヤツで構造が単純なヤツ。で、思い出したのが、やっぱりアレだよね!と言う事で・・・何とか言う真正英国馬具メーカーのベルト。ところが残念な事に若い頃、気に入って数年間使っていながら2本共後輩の手に渡ってしまったんだよ。 
 結構気に入っていたんだけど、それらと一緒にアメリカに引っ越ししたら暫くの間に、どうしてだかピンを留める穴がどんどん3番から1番の方へと外側に移動し、新しく0番が必要なくらいになっちゃっただけなんだけどね・・・ 
 仕方が無いのでボクと同じ時に購入した弟に「昔からしているイギリスのベルトって、まだ使ってる?」って聞いたら「今日も使っているけれど全然現役だよ、手入れなんかほとんどしてないけど・・・」言うから「画像を撮りたいからちょっと貸してくれない?」お願いしてみた。 
 「分かったよ、送るけど画像を撮ったらさっさと返してくれる?他に無いんだから・・・」で、送ってもらったのが画像のヤツ。大した手入れもしないのに全然現役バリバリなカンジだった。

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 「ところで、あれからもう何年くらい使っているんだっけ?」 
「高校生だったから40年までは経ってないと思うけど、そんなもんじゃない?」 
 うん、これなら大切にすればひょっとして生涯着用が可能かも知れないねェ・・・妙に納得したよ。 

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 現在ご当地WALSALLには元々生産していた200年以上続く工場と熟練した職人さん達が残って引き続き同じモノを作り続ける事になったと聞いた。 
 イギリスでは乗馬のサドルを含む馬具を生産する由緒正しい馬具工場が"SADDLERY"を名乗る(ここが結構大事なポイントだとボクは思っている)のだけど馬具の鞍(サドル)と鐙(あぶみ)をつなぐ部分に使用するスティラップレザーを使用したシンプルなベルト、コレこそがやっぱり"一生モノ(になるかも・・・)"知れないと今回思ったよ。 
 それにボクの場合は、そろそろ残りが少ないから絶対に生涯大丈夫だよね。もうこれ以上太らなければ・・・だけど。 

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  来月くらいにようやく本格的に入荷するから、今回はマジメに2本程買うと思うよ。
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 今でこそ、ボクも「このLACOSTEはフランスメイドで・・・」だとか「フランスのd'Arvorにダブルネーム別注をして・・・」「有名なアビーロードのジャケットでジョンが履いているのが実はSPRING COURTのスニーカーで・・・」などとエラそうな事を言っているけれど、アメ横に勤め始めた頃、ボクはADIDASのスニーカーは別にして、トップスやボトムはアメリカ製一辺倒だったから"る~ふ"ではフランスやイタリア等のヨーロッパ製品(SASSONのジーンズやFILAのポロシャツみたいなアイテム)も一部扱ってはいたけれど実際には何がカッコいいんだか余り良く分かっていなかったと思うんだよね。 
 そもそもアイビーから始まったアメリカのファッションにどっぷりと浸かりきった半生が今現在のボクを形成しているのだからアメトラのルーツであるイギリス物は別にして、ボク自身のスタイルは今でも余りヨーロッパの香りはしないんじゃないかと思っている。  
 だけど一応、フランス製やイタリア製のアイテムも持っているし、ちゃんと着る事も有るんだよ・・・。 
 そう言えば、以前どこかに書いたと思うけれど、最初ボクはLACOSTEよりMUNSINGWEARの方が好きだったんだよね。理由は至ってシンプルでアメリカのLACOSTEである"IZOD"が登場する以前はMUNSINGWEARこそがアメリカのブランドだと思っていたからなんだよね、それだけだよ。本当に単純だった。 
 一方LACOSTEに関しては従兄弟が、よく着ていたから何となくフランスのブランドだという認識はしていたけれど、当時のフランスのメンズファッションに付いては全然イメージも出来なかったし、たぶん余り興味も持って無かったんだよね。 
 ただ母親が洋裁の仕事をしていた時「今年パリで流行のオートクチュールがこんなカンジで・・・」とか言いながらお弟子さんに「ドレスメーキング」という雑誌を見せながら教えたりしていたので、さぞかし男も女もオシャレな国なんだろうなァ・・などとボンヤリ思っていた。 
 そもそも小学校の頃、ボクにとってフランスという国のイメージは?と言うと、近所のお金持ちの女のコが一緒に遊ぶと時々一個くれた不二家の「フランスキャラメル」そして従姉妹のネーちゃんが部屋に写真を貼って入れ上げていた「アラン・ドロン」。(彼が来日した時に京都に来て、その時に立ち寄ったという立命館大学近くの「ピエール」という喫茶店に後日連れて行かされ、彼が座ったというテーブルで記念写真を撮らされた。)そして当時、子供達に大人気だった「おそ松くん」に、やおら登場した「イヤミ」だった。 

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 特に「イヤミ」は今考えれば、かなり屈折したフランスのイメージを強烈にボクに植え付けた張本人で、キザでお金儲けが大好き、大概いつもスーツを着て登場し、そしてヒトを小馬鹿にしたようなキャラクターは、当時の子供達の中では瞬く間に人気に火が付き「自分の事」は「ミー」そして「キミ」の事は「チミ」、そして何かにつけて「おフランスでは・・・」と洋行帰りを鼻にかけ、語尾に「ざんす」を付けるという話し方は、学校中でみんながマネをするようになり、ボクなんか給食の時間に「残さず全部食べなさい!」と注意した先生に「ミーはニンジンが大嫌いなんざんす!」と言ったらクラス中が大爆笑する中、こっぴどく叱られた事が有った。 
 そして一世を風靡した「シェー!」に関しては当時、日本全国の小学生で「シェー!」の出来ない子供は一人も居なかったと思うよ。 
 ちょっとネットから画像を拝借して来たけど一番左のオリジナルに続き、何と皇太子殿下、そして来日中だったジョン・レノン、一番右側はゴジラ・・・当時、日本は大変な事になっていた。 

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 ちょっと話しがそれちゃったけれど、あまりにもテキトーなフランスのイメージを持ったままアイビーの時代に突入したボクは、高校生になった頃VANがライセンス生産を行っていた"SPALDING"というブランドを実は、しばらくの間アメリカの製品だと思い込んでいて、よく商品を見に行っていたんだよね。ところが"SPALDING"は普通のVANショップには取り扱いが無くて、地元の京都では"TEIJIN MEN'S SHOP"か"KENT HOUSE"のようなお店でしか売っていなかったんだよ。(・・・と、思うんだけど。) 

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 そしたらある時に"SPALDING"と並べてディスプレイしてあった"HAUSER SPORT"というブランドが目にとまってね、スタッフの方に「これは、何ですか?」って聞いてみたらフランスの有名なスポーツウェアのブランドだって言うんだよ。 
 3色(トリコロールの事ね)のニワトリのワッペンが付いていたりするアイテムも有ったんだけど、当時スキー部だった友達の間で流行っていたスキーウェアのブランドに似たマークにも思えてね。(現在流通しているブランドにも、やっぱり似たのが有るよね?)それに何だかやたらに値段が高かったんだよ。 
 だけど基本的にはボクの欲しいテイストのモノでは無かったから結局一度も購入した事は無かった。 

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 そんなこんなで、なかなかフランスに縁の無かったボクが"る~ふ"に入って何となく「これなら、行けそう・・・かなり、カッコいいもんね。」そう思ったのがSt.Jamesのバスクシャツだったんだよね。その頃は、まだ先輩達もみんな「セントジェームス」では無くて「サンジェームス」って呼んでいたよ。 
 ある時にお客様の中でSt.James をペインターパンツにとっても上手に合わせているヒトが居てね、STAN SMITHとかJACK PURCELLを合わせて履くんだよ。早速ボクもマネをさせてもらった。 
 写真はちょうどその頃の"る~ふ"の店頭。良く見るとウィンドウの左下にSt.Jamesが見えるよね。 
 ついでに言うと突き当りのウィンドウが金沢食品さんのウィンドウ。そしてそのすぐ前が1メートルくらいの幅のT字路になっていて、ちょうどJALのショルダーバッグ(コレも懐かしい!)を持ったお兄さんの向いている方が"ミウラ"の方。そして更に真っ直ぐ4軒ほど行くと左側に"ヤヨイ"さんが有ったんだよ。 

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 ところでSt.Jamesにヴィンテージだとか旧タグだとか言う概念が有るのかどうか良く分からないんだけど、画像のモノは8~9年くらい前に一度シャレで代理店さんとつるんで少量復刻したお馴染みのピースネームが懐かしい小文字のヤツ。ネックラベルもプリントしたペラペラした白いタグでプリント部分がすぐ消えてしまうチープな古いタイプのモノを付けたりしたんだけど、お客様には全然ウケなくてあんまり売れなかった。 
 そう言えば以前「フント二モー」のいであつし君に「St.Jamesってピカソも着ていたのを知ってた?あの、ほらNAVALって言うヤツ・・・やっぱ、パリと言えば芸術の都なんだもんねェ・・・さすがオシャレだと思わない?」って言ったら「今はさ、ご当地フランスのパリでボーダーのバスクシャツを素肌に一枚だけで着ているのは本当に作業服として着ている肉屋さんとかくらいなんだよ!だから玉木さんもピカソの真似してパリでセントジェームスを着るのは絶対にやめた方がいいよ。」ってさ。(下のイラストは、バスクシャツを着た、いであつしくんを描いた綿谷画伯の作品ね。)  

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 まァ、そんなこんなでもう40年近くもSt.JamesのOuessantは愛用し続けているし、当店でも創業以来の定番としてずっと扱い続けているんだよ。そして、このアイテムのスゴい所は、どんなファッションの流れになっても、ちゃんとカッコ良く時流に沿ったコーディネートが出来るという事だよね。  
 そしてボクの場合は、さんざん着倒して、さすがにビロビロになって来たら(と言いつつ、古くなっても捨てられないから何枚も溜まっちゃっているんだけどね・・・苦笑)今度はパジャマになったり、意外に快適なのが枕にかぶせてカバーにすると個人的には、この硬めの素材感が気持ち良くってね・・・。  
 そして最後はハサミを入れられてクルマの窓拭きとか靴磨き用になっちゃうんだけど、最後までスゴいアイテムだといつも思うんだよ。 
 「チミ達もミーとかピカソのように、おフランスのオシャレなセントジェームスを、どんどん着てカッコ良くなるざんす!」
 最近思うんだけど、昨今の復刻ブーム?のおかげで過去の名品や珍品に至るまで随分と色々なアイテムがその当時の姿で手に入るようになったよね?今は"POPEYE"の創刊号だって付録で手に入っちゃうんだから。神保町のヴィンテージ・マガジンショップ"マグニフ"のご主人が「ちょっと、複雑ですね~(苦笑)」ってさ。 
 だけど、こういう状況を昔は想像出来なかったよ。まァ、正直言うと時々ちょっとだけスベっているモノも無くはないけれど、LEVI'SやLee、CONVERSE、adidasなど、その道の達人の方が監修して「あーでも無い、こーでも無い・・う~ん・・ここんとこ違うなァ、ミリ単位のニュアンスなんだよ・・もっと、こうバタ臭くならない?全体的なトーンの問題なんだよ!分からないかなァ?」とか何とか、誰も理解出来ないような会話をしながら随分エネルギーを注いだんだろうねェ・・・だけど本当にスゴい事だと思うんだよ。 
 最近でもいちいち感心しながらボクも幾つか買っちゃったもんね。 

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 ところがね、ボクなんかはそう言ったモノがある程度手に入り、満たされ始めると段々と巷の復刻アイテムくらいでは飽き足らなくなっちゃうんだよね。 
 それこそ若い頃にアメ横で見た、今となっては復刻などまさか程遠く、まして誰も話題にしないような超ニッチなマイナーアイテムを時々思い出しては「あの時、さっさと買っておけば良かったんだよなァ・・結局、あれ一度きりの遭遇だったもんねェ。」とか「後輩とトレードしたりしなきゃ良かったんだよね・・今、有ったら絶対1ダースくらい買っちゃうもんなァ。」などとボヤいていたりするもんね。 
 ボクは本当に幾つになっても懲りないヤツだと思う。 
 つい先日も、センタービルが出来る前、81年のアメ横大火災で焼失したバラックのアメ横時代を一緒に過ごした40年来の先輩とそんな楽しい話しになったんだよね。 
「もしタイムマシンで、あのバラックの頃のアメ横に行けたら先輩は、まずどこに行きます?最初は、やっぱり"ミウラ"と"る~ふ"の並んでいたあの場所ですよね?先輩、何を買いますか?・・ところで、もし行けるとしたら先輩はお金を幾らくらい持って行きます?まだクレジットカードは使えないですからね・・・いっその事、ボクと一緒に行ってみましょうか?想像するだけで、絶対楽しいですよね・・・"ルーアン"(当時先輩が入り浸っていたアメ横の喫茶店)でボクの事を延々と説教したり、ぶったりいじめたりしないんだったら一緒に行ってあげてもいいですよ・・・(笑)」 

*注:ここから先は、全部フィクションです・・・  

「ところで先輩、本当に行くんだったら到着の日付はいつにしますか?」 
「そりゃァ、あの一番興奮するバラックの時代に決まってるだろ!」 
「いや、だから・・・あのね、日時を特定しなくちゃいけないんですよ・・・じゃァ、ここに有る「毎日グラフ」が、たまたま74年の12月号だから、このタイミングはどうですか?アメ横が年間で一番活気を帯びて来る時期だし、ボクがちょうど上京してアメ横に通い始めた年なんですよ。実際に当時も暮には間違い無く買い物に行っていましたしね。だけど、考えてみたらあの頃のアメ横はアイビーのムードがまだうっすらと残ってはいたけど、米軍の放出品は有るし、HANG TENやBOLT、KENNINGTONとかの西海岸ブランドも登場していたし、ニットのフレアパンツやロングポイントのシャツなんかが定着し始めて、それこそあれもこれも混じっていて、間違い無くちょっとヤンキーっぽいトラッドムードと共に新しい潮流を同時に体感出来た一番いい時ですよね?」 
「そうだったよなァ、いいねェ最高だね!色々思い出すよ・・じゃァ、そうセットしろ!」 
「先輩、滞在時間は午前11時から12時間ですからね!憶えておいて下さいよ。時間が勿体無いから、"ルーアン"に行っちゃダメですよ。それから歴史が変わっちゃいけないから当時の人達にはボク達が違うヒトに見えるようになっていますからね、だから昔の知り合いとか、よもや自分自身を見つけても変に接触して素性が分かるような会話をしちゃ絶対ダメですからね!」 
「分かったよ、だけど・・・たった12時間かよ?ちょっと、短くねェか?」 
「だって先輩が料金を値切り倒すからじゃないですか!」 
・・・・で、めでたく先輩とボクはタイムマシンに乗って懐かしい1974年12月のアメ横に行く事になった・・・ 

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「じゃァ、出発の乾杯と行きましょうよ!せーの、乾杯~♪ ところで、先輩はマジでそのKENNINGTONのセーターとデニムのフレアで行くんですか?まさかのシャツがロングポイントですよ!」 
「うるさいよ、お前は・・もっと先輩をリスペクトしろよ!」 
「あ、ミッキーのセーターがとってもステキですよ!特に沢山の毛玉が風格バッチリですもんね・・・それより先輩、ボクなんか、とっておきのLEVI'SのピケのGジャンに#646のコーデュロイ、シャツがケニントンの隠れミッキーなんですよ!」 
「お前こそ何だよ?世界一ダッセ~なァ!柄が小さ過ぎて何だか分かんねェじゃん、もっとミッキーがバ~ン!と入ったのにしろよ!そんなんじゃ全然アメ横の女子にウケねぇぞ!」 
「ちょっと、ちょっと、先輩!目的を変えないで下さいよォ・・・」 

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 かくして我々を乗せたタイムマシンは時空を超えて42年前のアメ横に降り立ったのだった・・・。 

「先輩、なかなかいいポイントに到着しましたよ。ほら"舶来品コーナー入口"がすぐでしょ。ここはかなり通な入口ですよね?入ってすぐ左に行くと"ミウラ"と"る~ふ"ですよ。真っ直ぐ突き当たってしまうと、そのままトイレに突撃ですもんね!」 
「ちょっと待て!違うんだよ、ここじゃねェんだよ!オレはいつも"ムラサキ・スポーツ"の脇から入るんだよ!"甘利"化粧品の折りたたみのパイプ椅子に座ったおネーちゃんが居る所で・・・」 
「もう、いいから入りましょう!わがままなんだからァ・・・」 

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 地図で見ると我々はちょうど鮮魚を扱う"関商店"と"伊藤商店"の間の通路の入口の所に居たんだよね。入って左に行くと、すぐ"ミウラ"と"る~ふ"。そしてすぐ角を右に行くと"マルビシ"が有るんだよね。(右側の矢印が"ムラサキ・スポーツ"の脇の入口) 

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「先輩、とうとう着きましたよ!"ミウラ"ですよ・・・そうそう、こんなでしたよね~!ボク、SMITH'Sのペインターをもう扱っているか聞いてみますよ、昔買いそびれた尾錠の付いているヤツ。あ、CONVERSEのスエードのサイズも有るかどうか聞いてみようっと!」 

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「お前、憶えてるか?この頃の"ミウラ"は、わざわざ出してもらったり、試着なんてしたら必ず買わなくちゃダメなんだぞ!」 
「分かってますよ・・・ダメなら未来に戻ってから誰かに譲りますから!ところでボク、PRO KEDSのメッシュの2本線のヤツを買い損ねたんですよ、ちょうどこの頃だと思うんですけど、前は"ハナカワ"で見たのかなァ・・どこかに無いですかね?あれのラインがグリーンのがカッコいいんですよォ!あ、それとMAVERICKってもうこの頃には入っているのかなァ?もし有ったら「赤ステ」(赤いステッチ)のシャンブレーのGジャンの大きいサイズとデニムのストレートが無いですかね?当時フレアしか買わなかったんですよ。Gジャンも小さくなっちゃって着られないし。あ、ウェスタンシャツも欲しいなァ・・・」 

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「ところで先輩は知らない間に"ミウラ"でこっそり何を買ったんですか?ちょっとその茶袋の中を見せて下さいよォ」 
「うるさいな、見せねェよ!」 
「あ~つ!何かシャンブレーのシャツが見えますよ!それ、WASHINGTON DEE CEE?それともELYか何かですか?綿100%のヤツ?それともT/Cのですか?」 
「うるさいってば!お前は自分の買い物をしてろ!これはなァ、洗うといい色になるんだよ」 
「"ミウラ"はKENNINGTONなんかも、確かこの頃からガンガン入り始めたんですよね!あ、懐かしいなァ・・天井の所にミッキーの「耳」キャップが有りますよ。昔、妹にアレ買って送ってあげたんですよ。ちょっとMAVERICKのGジャンとかパンツを爆買いしますか?あれ、先輩は・・」 
 気が付いたら先輩は、お隣の"る~ふ"に行っていた。 

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 "る~ふ"は、そうだ、そうだ・・こんなだった。間口は"ミウラ"より広いけど奥行はあんまり無かったんだよね。そして左に見えるガラスケースに羨望のお宝が並んでいたんだよ。 
 "る~ふ"にはまだ大人のアメトラムードが漂う本物アイテムも新しいモノに混じってガッチリ揃っていた。 

「おい、BOSTONIANが有るぞ。オレはあれを行くからお前は手を出すなよ!」 
「え~、どうして・・ボクもBOSTONIAN欲しいよォ・・・」 
「お前には100万年早いんだよ!大人しくBASSかSEBAGOにしろ」 
「え~・・・いいもん、別に・・BASSにするから・・・ちょうどサイズの大きいヤツが欲しかったし」 

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 BASSと言えば、やっぱり今だに復刻しないSCOTCH GRAINのペニーローファーが欲しいな。年齢と共に足のサイズが大きくなっちゃったから・・・今、履けるサイズのブラウンとブラックを買って行く事にするよ。それと、もしサイズが有ればBASSのバックルローファーも欲しいなァ。あ、そうそう、ブラックも有ったりしないかなァ・・・ 
 これは本当に大好きな靴だったからねェ・・フレアパンツにもバッチリ履けるデザインだったからスゴく重宝したんだよね。 

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「ところで、先輩は何をこそこそと物色してたんですか?あ~、もう買ってる・・・」 
「ペンギンだよ、こっちに少し有るぜ」 
「あ~ボクも欲しい~!ところでMUNSINGWEARは"る~ふ"に有ったけどIZODって、もうちょっと後でしたっけ?」 
「たぶん、来年か再来年の登場じゃねェか?」 
「そしたら、カラーペンギンも少し先ですね。あ、そうだボウリング・ペンギンがどこかに残ってませんかね?先輩、"丸高商店"か"林実業"に行きませんか?あ、その前に"る~ふ"でボクBARACUTAを何枚か買わなくちゃ。昔ながらのシルエットでサイズの大きいヤツ・・あ、水色も有るかなァ?」 
「また買うのかよ、バカだろ!お前、裏チェックなんかミーハーなんだから・・硬派のアメリカンはPETERSとかを着るんだよ!オレはこっちにするからな。」 

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「いいですよ、ミーハーで。21世紀にはPETERSなんて誰も知らないじゃないですか。」 
「うるさいな、分かったよ!・・・で、何だっけか?」 
「先輩!時間が勿体無いから"る~ふ"の向かいの"エッチ屋"(松下屋)で電動のお人形触ってちゃダメですよ~、そんなのは21世紀の方がはるかにスグレているんだから、それに手に持っているエロ本も棚に戻して下さいよォ・・・それより幻のボウリング・ペンギンの捜索しましょうよ。」 

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「ペンギンだったら、Pモンが"マルビシ"にねェか?」 
「そうだ、マンシングの立ち衿のウィンドブレーカーの今着られるLサイズのグリーンとかネイビーが欲しいんですよ!太っちゃって、Mサイズが小さくなっちゃったから・・"る~ふ"に無かったら"マルビシ"に有るかも知れないですね!」 
「だったら、その小さいヤツをオレにくれよ!あ、だけどカラシ色以外は要らねェからな・・」 
「どっちにしても、絶対にヤですよ・・・。じゃ、さっそくマル・ママに会いに行きましょう!元気ですかね?」 
「オレは、マル・パパの方が好きだったなァ・・・」 

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 今は、仮に昔のアメ横の話しになったとしても話題になる事は、ほとんど無いけれど"マルビシ"は、ほっそり系のパパとぽっちゃり系のママがやっていて、PXからの商品がガッチリ揃っている事で当時ウルサ型のマニア達には知れ渡っているお店だった。 
 時々息子さんだと思われるお兄さんにも遭遇したけど、ボクはママが好きだった。お店の奥には当時ガラスケースが有って、なぜかチャイナ服も一緒に売っているというアメ横らしいファンキーなお店だったんだよ。 

「やりましたね~!先輩、FREEMANのデザートブーツが有りますよ!オレ、ダブル、いや予備も含めてトリプル買いしますけど先輩も一緒に買いましょうよ!」 
「やっぱりプレスのパンツとか#646のデニムにはコレだよな!昔は6ハーフで履けたんだよ。だけど今回は7ハーフにするかァ、8かなァ・・履いてると足が痛くなるんだよ!ついでにHUSH PUPPYがその辺にねェか?」 
「じゃァ、ひょっとして少し前のBATES FLOATERSとかも残っているかも知れませんねェ。奥の方に残って無いかママに聞いてみますよ」 

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「おい、"マルビシ"と言えばBURLINGTONのソックス買わなきゃ!」 
「あ、そうだった!派手な色いっぱい選んで100年分買いましょう!ボク、箱ごと買いますよ!それとHANESやSPRUCEのTシャツも有りますよ、LサイズのリンガーとかポケTとかを何枚か買って行こうっと。先輩はTシャツは要らないですか?」 

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「一番ネックの伸びないJOCKEYのハイネックTが有るのは"る~ふ"だっけ?」 
「多分そうですけど、ちょっと今日は見てないですね。あ、先輩"玉美"に行けば絶対に有りますよ!後であっちに探しに行きましょうよ。JOCKEYも箱買いしますか?」 

 とにかく当時は、ヤンキー臭いアメリカンを気取るのにボタンダウンやシャンブレーのシャツの開けた襟元から覗くパチっと詰まったTシャツのネック部分の面積は絶対的に大事なポイントだった。ボクなんかJOCKEYと出会うまでは、ネックの伸びちゃったBVDとかVANのTシャツを前後逆に着たりもしていたよ。着心地が悪いから1日中気持ちが悪いんだけど、面積が大事だったからね・・・。 
 その点JOCKEYの"BO'SUN"と呼ばれる、ややハイネックのTシャツは古くなってボディがヨレヨレになって穴が開き始めてもネックは全く伸びないという革命的なアイテムだった。 

「ところで、そろそろお腹が減りませんか?遅い昼メシに、どこか行きましょうよ。だけど今日は"オレンジ"のカレーはやめましょうね、もっとガッツリ食いましょうよ・・・そうだ先輩、"まんぷく"に行きましょう!」 
「"まんぷく"かァ・・・いいねェ、久し振りに行くか。」 

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「ボク、メンチカツに目玉焼き乗せにしますけど、先輩はどうします?」 
「バ~カ!この店では、通はハムカツなんだよ!お前全然分かってねェなァ・・・何年通ってんだよ?」 
「40年以上ですけど・・・」 

 "まんぷく"は、バイト先に居たアメ横通の先輩に初めて連れて来てもらったのが、ちょうどこの74年だったんだけど、「ここでは、メンチが一番美味い!他は食うな!」と、その先輩から言われたので、実はとんかつは一度も食べた事が無いんだよね。 
 それである時なんか、おじさんから「うちはとんかつ屋なんだけど、あんたは、いつもメンチしか食べないねェ・・・歯でも悪いの?」って、言われた事が有るよ。(注:"まんぷく"は今年の春頃にとうとう閉店してしまったという信頼筋からの情報が最近有ったんだよ。本当ならマジ残念だと思う・・・メンチの食い納めをしたかったよ。)  

「ところで、この後どこに行きますか?そうそう"守屋商店"に行かないとマズいですよね?」 
「おゥ、そうだな。あそこはやっぱりスゴいよ、他では見た事が無いLEVI'Sのプレスとか有るんだよな。最初はさ、蒲田のガラス屋のセガレに守屋を教えてもらってさ・・・」 
「ボクも今着てるLEVI'SのホワイトピケのGジャンを初めて買ったのが、あそこだったですよ。じゃァ、ボチボチ行きますか?」 
「おい、何か、その辺りの店から聴こえて来るBGMが懐かしくねェか?」 

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「あ、ホントですね~!懐かしいなァ。でも、今ここでは一番新しいんじゃ無いですか?そう言えば去年、先輩のバンドが"ロコモーション"やりましたよね!じゃァ、今度は"まるきん"を左に見ながら"みのりや"の所から入りますか?入ってすぐ左に行くと"守屋商店"でしたよね。」 
「おい、"まるきん"の前の"博雅"の肉そばでも良かったな。確か、アグネス・ラムの親戚の家とかいう店だったっけ・・・」 
「ほらほら、先輩行きますよ~・・・着きましたよ!"守屋商店"こんなでしたよね・・・今日はオジさんが居ますよ。相変わらずジーパンに埋もれてますねェ・・・」 

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「ボクは、#518のプレスのホワイトの大きいサイズが欲しいんですよ!あ、あとLEEの#400のデニムも・・・#400はシルエットが細身でカッコ良くって大好きなんですよォ、ロゴも大文字でニョロ~のステッチが入っていないし・・あ、そうだ、先輩!金茶色とかのコーデュロイのブッシュパンツって、登場するのは来年くらいでしたっけ?」 
「多分1年か2年先じゃね?」 
「じゃァ今回先輩は、またLEVI'Sの必殺"縞ベル"(注:太い派手なストライプ柄のベルボトムの事)あたりを狙っちゃいますか?」 
「何だ、文句有んのかよ?お前はアレ穿く勇気が無いだろ?エレキ持ったらアレしかねェだろが、世界一カッコいいに決まってんだよ!」
「何だかゴールデンカップスみたいですね。そうだ、先輩・・来年の75年に発売されるan anで見たんですけど、LEVI'Sの#502は"守屋商店"より外の"ヒノヤ"の方が安いんですよ!1本3000円ですよ・・・未来に持って帰ればきっと100倍くらいの値段で売れるかも知れませんよねェ・・」 

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「おい、ところでアカネちゃんとこ(化粧品の"フクダヤ")はどっちだっけ?」 
「ここから"ツナシマ"の方に抜けて、先輩が好きだったメガネのおじさんの"大橋"(輸入菓子屋さん)を右に行くと例のタバコの自販機ですよ。」 
「そう言えば、ここの"ツナシマ"でアメリカの黄緑色した電動ミキサーを買ったんだよ、電動の人形じゃねェぞ。21世紀でもたまに家で使ってるんだよ、ちょっと音がウルさいんだけどな。」 
「先輩、スゴいですよ!ハイライトが80円だって!セブンスターだって100円・・・洋モクは、当時いくらでした?180円くらいでしたっけね?今、買ったヒトに教えてあげたいですよね、あと40年経つと1箱500円位になるから今のうちに身体中が黄色くなるくらい思い切り吸っておいた方がいいですよって。絶対に信じないでしょうけどねェ・・・ボク、KOOLのオールドパッケージをいっぱい買って行ってみんなのお土産にしますよ。そう言えば先輩、この頃メンソール吸うヤツはインポになるって都市伝説が有りましたよね?」 
「アハハ・・そうだったな、それでお前はどうなんだ?」 
「いや、無事だったみたいですけど、脳とか他の部分に来ちゃったみたいです・・・」 

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「お前は、アカネちゃんとこで何買うんだよ?」 
「先輩、シーブリーズの透明のボトルに入ってたヤツ憶えてますか?まだ液体の色が黄色くて透明じゃ無い時代の・・・何か匂いとか刺激が昔の方が明らかに強かったと思うんですよ。アレが有ったら欲しいんですよね。あ、それとまだドイツから輸入物の時代のセッチマ歯磨き、まとめて買いたいんですよ。アレ、舌の先っちょがビリビリするような強烈な歯磨きで1回でピッカピッカになったんだけど、サンスターがライセンス生産?するようになったら骨抜きにされちゃって、何だか普通の歯磨きになっちゃったんですよ。アカネちゃんが、毎日使うと3年くらいで歯が半分の大きさになるから週に1回にしときなよ・・・ってダミ声で冗談言ってたのが懐かしいですよ。ところで"ハナカワ"も覗きますか?掛布に似た番頭さん居るかなァ・・・あそこはやっぱりSEBAGOですよね、それとHANESとKEDSとか・・・ボク、KEDSのメッシュを聞いてみようっと・・・あれ?先輩どこに行くんですか?"ハナカワ"は見ないの?」 

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「おいPARISとかHICKOKのベルトってどこに売ってたっけ?」 
「確か、"マルビシ"の近くの"永山商店"とかあの辺りじゃ無かったでしたっけ?」 
「じゃァ、トンネル横丁の"丸高商店"でペンギンを見ながら、あっちに1回戻るか?オレ、PARISの先っちょを斜めにカットしたベルトの新しいのが欲しいんだよ・・・」 
「先輩、また同じのを買ってどうするんですか?」 
「お前に言われたくないよ!大体、ヒトの事言えんのかよ?」 

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「あ~っ!先輩、ヤバいですよ!"ミウラ"の所のシャッターの前にCAMP7のダウンベストを着た昔のボクが居ますよ!」 
「お~っ!ホントだ、お前細くて、ガリガリじゃん!」 
「メシも食わないで服を買ってましたからね・・・」 
「じゃァ、いい機会だからお前、自分の所に行って今日の晩飯代の資金相談をして来いよ。少し持ってねェか?って・・・せっかくだから美味いもの食おうぜ。」 
「ヤですよ~、そんなの。どうせ幾らも持って無いし。それに歴史が変わったらマズいじゃ無いですかァ。それより"玉美"の方に行きましょうよ。」 
「じゃァ、"ヤング"("中田商店"の前のウェスタン屋さん)の前の通路から入るか・・・」 
「先輩、ちょっと"根津商店"見ましょうよ!・・ほらァ、DICKIESのプレスのパンツがいっぱい有りますよ!コイツも買って行きますか?ここには、有名な店員が居ましたよね?あれ?今は、たぶんどこかにサボりに行ってるんですよ。」 
「あ~、あいつね。ヒトの格好を上から下までジ~っと値踏みしやがるんだよな・・・」 
「ここの白髪のオジさんはHANESの事を「ハンス」って呼ぶんですよね。ボク、ここで最初のTOP SIDERを買ったんですよ。あ、BVDのボタンダウンも買った事あるなァ、ロングポイントのヤツ・・・後で後悔したんだけど。」 

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「ところで、何眺めてるんだよ?」 
「これ見て下さいよ~!500円札。アカネちゃんとこでくれたお釣りですよ・・・21世紀に持って帰ろうかと思って・・・今のヤング達知らないですよ~こんなの。お金のヴィンテージだもんねェ、珍しがって1000円札と交換出来るかなァ?」 
「ウケねェよ!バカだなァ、お前は・・・500円は500円なんだよ。銀行に聞いてみろよ!」 

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「ところで先輩、"根津商店"の向かいの"加藤"憶えてますか?ここはLEVI'SとかLEEの古いヤツが時々有るんですけど、オヤジがいつ来ても必ず寝てましたよね・・・すみませ~ん、とか言って起こすと「何だよ、どれ?・・・買うの?」って真っ赤な目をして言うから怖いんですよォ・・・さ、先輩"玉美"ですよ。お向かいは"林実業"ですよね、懐かしいなァ・・・林のお姉さん、居ないかなァ?」 

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「ところで何だよ、そのサイコロみたいな箱は?」 
「だからJOCKEYのTシャツですよ。10枚入ってるんです。Lサイズを2箱買っちゃった・・・あれ?先輩は2枚でいいの?」 
「いいんだよオレは、今着てるのはヨーロッパのもっといいヤツよ・・・お前とは基本的に持ち物が違うんだよ!おい、宇佐美に行くぞ。」
「あ、懐かしいですね!オバちゃん元気ですかね?その辺のお菓子屋さんでアメでも買って差し入れしますか?きっとマケてくれますよ。場所はどこでしたっけ?・・・」 
「何か、"玉美"のもう一本向こうの角を左に入って、クネクネと行った所だよな?」 
「ボンヤリですけど、そんな記憶ですね。行ってみましょうよ!PULITANのセーターとか有ったら欲しいですよね?前にモヘアのVネックを見た事が有るんですよ・・・あの時買えば良かった。今ならサイズがちょうどなのに・・・」  

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 そして・・・そんなこんなで、手に持ちきれない程の大荷物になってしまった我々は残り時間を気にしながらようやく最後の晩餐とシャレ込む事になった。 

「先輩、何食います?やっぱり、あそこですか?・・・」 
「決まってるだろ!サッと行って祝杯を上げるぞ!」  

 そこで向かったのは、やっぱり"陽山道"。昔から焼き肉ならココだった・・・今でも思い出すのは、買ったばかりの#646のコーデュロイのホワイトにお箸からカルビがヒザの上に墜落し、魚拓のように「カルビ拓」になってしまった事だった。 
 お店のヒトに台所用洗剤を借りてトイレに行き、その場で#646を脱いで洗面台で洗った事が有ったんだよね。後からトイレに来たヒトがその景色見てビビって出てっちゃって・・・幸いにも何とかキレイになってくれたけど、一人で大騒ぎをしたよ。そして帰る頃にはコンロの熱のせいで#646は乾いていた。 

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「じゃ、お疲れ様ァ~・・・乾杯~!いやァ、先輩メチャクチャ楽しかったですね~!」 
「最高だよな!おい、肉ガンガン食おうぜ・・・」 
「じゃァ、先輩、希少部位の「座布団カルビ」食いましょうよ!アレ超美味いっすよね!21世紀には、どうしてだか、ここのお店のメニューから姿を消したんですけどね。」 

 そして適度に酔いも回り始め、誰にも止められない我々のアメ横よもやま話しは尽きる事が無く延々と続いたのであった。 

 かくして夜も更け始め、とうとう帰路に付く時間が近づいて来てしまった。 

「先輩・・・そろそろ21世紀に帰らなくちゃ、あ~寝てる!まだ壊れちゃダメですよォ、起きて下さいよ!」 
「うるせェんだよ、お前は・・・起きてるよ!・・・シメのラーメン頼んだか?」 
「シメのラーメンは21世紀に出来た"陽山道"広小路支店のメニューですよ、この時代には、まだ無いっすよ!あ、迎えに来ちゃったみたいですね・・・」 
「zzz・・・・・・」 
「あ~っ!先輩・・ヤバいっすよ。タイムマシンに荷物が全部乗らないみたい・・・どうします?靴の箱とか全部捨てても無理かも・・・ねェ、先輩!聞いてるの?」 
「zzz・・・・・・」 

「あ~、また寝てる~!」 

 珍道中のこの後の顛末はご想像にお任せ致します・・・ 


 【お詫び】 
 今回のブログは、日本中数えても、おそらく数名レベルしか理解出来ない内容になってしまいました。ゴメンナサイ・・・次回は、もっと分かりやすい内容のブログに致します。 


注:文中の地図等は、昭和50年12月発刊の月刊「angle」より引用させて頂きました。

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