トップ > 入荷情報

新着情報

staffblog

2015年11月アーカイブ

 最近は、別注アイテムと言っても別に何も珍しく無い・・と言うか、海外のメジャーブランドにおいても大概の輸入代理店やショップがあれこれ創意工夫した別注アイテムをシーズン毎に発表するよね。 
 ボクも時々復刻アイテムや仕様変更程度の別注をやらせてもらったりするけれど基本的に当店のレベルでは、大抵の場合数量的なギャランティーが難しいから、何か思い付いてもアイデアだけでボツっちゃう事が多いんだよ。だから大手セレクトさんなんかの別注を見て、ちょっと羨ましいなと思う時も少なからず有るよ。 
 通常別注と言うのは例えば既存のアイテムがプロトタイプ(原型)として有るのだったら、それのどこをどうモデファイするのかというのがバイヤーさんとかデザイナーさんの腕の見せどころなんだよね。上手く行くと雑誌にドーンと取り上げてもらえたりするし・・・

b9_111_01.jpg 

 だけどボタンだけチョイチョイと変更して別注だと言われても今の業界レベルからすると、ちょっと芸がなさ過ぎると思うし(ボクもヒトの事はあんまり言えないけどね)、かと言っていじくり過ぎて、アイテムが全然別のデザインに化けちゃってコレって元々何だっけ?それとも全く新規のデザインなの?みたいなモノも時に生み出されてしまうから、確かに自由と言えば自由なんだけど、その辺りのサジ加減はものすごく難しいと思うんだよ。当然だけど成功を約束するマニュアルなんか有る訳無いし、感性に頼るだけだからね。 
 ただ一番大切な事として、ブランドタグを付けて市場に出すワケだから、そのブランドが従来培って来た確固たるポリシーやイメージを基本的には損なうワケに行かないし、いじくって所々何か変えれば良いんじゃない?というような安直な発想では、仮に1度くらいマグレ当たりが出たとしても基本的には通用しないと思うんだよね。 
 まして新規のデザインなら尚の事マーケットの評価ハードルも上がるし、ギャンブル性もどんどん高まるからね。勿論、そんなのを生み出す際には担当者との戦いも更に熾烈になるし時間も掛かるようになるんだよ。 
 やってみると分かるけど、まず担当者と同じフィールドに上がれるだけのファッションの様々な基本や流れが分かっていないと、本当はお話しにならないし、(まァ、実際は利害が生じるからお話しはしてくれると思うけど・・・)相当ストレスも生じるから本気でファッションが好きで、自分なりに相当掘り下げていないと出来ないよね。 
 なのに時々、誰も欲しがりそうも無いようなモノを一生懸命に時間と手間とお金を掛けて粗大ゴミをせっせと作り出したりされてもねェ・・などと言うヒトが居てさ。だけどそれは、あくまで結果論なんだよ。 
 バイヤーさんやデザイナーさんが持ち前の感性に加えて知識と情報、そして知恵と経験則に基いてあれこれ考え、そして先方の担当者と戦い?ながらサンプリングをしている最中は、彼らの100人が恐らく100人とも内心は必ず「実現する為に、こんなに苦労しているんだからきっと売れるよね?・・イヤ、絶対に売れるに違いない・・参っちゃったなァ、話題になって大ブレイクしちゃったりして・・そうだ、雑誌に載って商品が足りなくなったら困っちゃうかも・・・追加のタイミングはどうしようかなァ?」などと思っている。 
 そして何ヶ月か後、そのうちの結構な人数のバイヤーさんやデザイナーさんが思い知るんだよ、世の中そんなに甘くは無かった(苦笑)・・・と。勿論ボクも例に漏れずそのお仲間の中に指定席がちゃ~んと用意されていたりする事も有るからねェ。一体何年やってるんだよ・・・自分でそう思いながら、またやらかしちゃうんだけどね。

b9_111_02.jpg 
 
 ボクがアメリカのメーカーに自分で初めて別注というのをした80年代に入った頃はMAGICというコンベンション(手品の事じゃ無くって年に2回、現在はラスベガスで開催されているアパレルの大規模な展示会の名称)がまだロスで開催されていて・・だけど、別注と言ってもただ単にムートンのジャケットの袖丈を短くしてもらっただけでね。だからこういうのを今は別注と呼んじゃいけないんだよ・・(苦笑)。 
 でも当時アメリカのメーカーは、日本のバイヤーに対してまだロクに相手にもしていないような時代だったから、何かをちょっと変更して欲しいと思っても首をヨコに振りながら「We can't do that!(嫌だ?)」と言われるか、大量の数字や前金の条件を突き付けられて意思表示をされるような時代だったんだよね。 
 でも、たまたまその時は話の分かってくれるセールスマンが居て、その場でボスに相談してくれ「色を2色に絞って、サイズも2サイズだけにするのなら、この数量で何とか受けて上げるよ。」言ってくれた。トータルの数量は予定よりちょっと増やされちゃったけど、ボクも「Ok Ok!」なんて言って無事発注出来た。現地のスタッフと握手をしながら「やったぜィ・・」なんてね。今、思えば可愛いもんだったよ。 
 「だけど30年も経つと海外ブランドの連中のスタンスも仕事のやり方も、随分変わっちゃうもんだねェ・・考えてみたら、何だかスゴい時代になったよね。」先日、古い友達とそんな話しを電話でしながら、その日入荷した商品の入った段ボールを開けて中を見ていたら目に留まったのがミリタリーパーカの傑作、#M-51モッズコートタイプのダッフルコート。 
 今も一向に人気の衰えないモッズコートの凝ったディテールを何とダッフルコートに上手く落とし込んで有るんだよね。それを、またそこら辺のブランドでは無く、あのコンサバのイメージが強い老舗のGLOVERALLがやったというのが何だかスゴいなと思ってね。

b9_111_03.jpg 

 だけど、よくこのデザイン(合体案)を思い付いたよね、誰がやった仕事なんだろう?・・意外と思い付きそうで実は誰も手を付けて無かった死角だったかも知れないね。 
 聞く所に依ると、この合体デザインのプロトタイプ(原型)は何年か前に英国現地のGLOVERALLで一度サンプリングされた事が有るらしいんだけれど当時は全くウケなくてあっさりボツになった・・というような事だったらしいんだよね。それを古くからボクと仲良しの、あるベテラン・バイヤーがちゃんと憶えていて「今なら行ける!」と思ったんだろうなァ。既存のサンプリングパターンに何ヶ所か手を加え別注アイテムとしてこの秋、晴れて日本市場に登場する事になったという事だった。 
 あくまでボク個人の私見だけど、久し振りに見たレベルの高い仕事だよねェ・・そう思ったよ。みんな分かるかなァ?このカッコ良さ・・・ドローコードやポケットが違和感無くトッグルとバランス良く巧みに配置され、加えて更にはこういうのが、本来メンズのコートなんだよと言うような、このガバガバのシルエット。(2年前ならこういうシルエットは絶対ウケなかっただろうしね。)そして、今シーズンに仕掛けるというタイミング。 
 「上手だなァ、コレは、かなり本気でカッコいいんじゃ無い・・?」と感心しながら、段ボールに手を突っ込んで、まずは自分のサイズを探して居たんだけどね。



 ロールと言っても今の若いヒト達には何の事だか分からないかも知れないなァ・・画像のポール・ニューマンやジャック・レモンのボタンダウンの衿を見ると緩くカーブを描いているよね。この部分がロールと呼ばれ、それが正統派ボタンダウンで有る所以なんだと当時のアイビー小僧は、バイブル「メンクラ」に都度記載されている記述によってしっかりと叩きこまれていたんだよ。 

b9_110_01.jpg

 せっかくなので、ちょっと古いけど65年のアイビー特集号のディテール紹介やQ&Aに記載されたロールに関するお約束事をお見せするね。本当にこんな感じだったんだよ。ついでに「街のアイビーリーダース」というそのお約束事を制定したアイビー伝道師の先生方が登場している粋な企画も有ったよ。    

b9_110_02.jpg

b9_110_03.jpg

 アイビーにどっぷりとハマり始めた頃ボクは、とにかく勉強もしないで「・・ねばならない!」「・・なくちゃいけない!」という様々なアイビーのお約束事を必死に丸暗記してね。 
 まァ、ある意味当時のボクは石津謙介氏(上画像左端)率いるVAN JAC.がくろすとしゆき氏や穂積和夫氏という伝説の伝道師のもと、メンズクラブやVANショップという媒体を使って遠隔操作をしていたアイビーという新興宗教?の洗脳教育みたいなのにまんまとハメられていたみたいなもんだった。 
 だけど、あの「はしか」のような数年間が無かったらボクはたぶん今この仕事をしていないよ。 
 後日と言うか、あの頃から40年程経って穂積先生にその時代の話しをしたら先生曰く「そのもう少し前までの頃は誰もアイビーなんてちゃんと知らないし、デパートでさえもデザイン的には何となく似ていてもどこかおかしいモノばかりでさ、またそういうのをアメリカで流行っているからって持ち込むメーカーが有るんだよ。だから誰かがルールをあれこれ作んなきゃってなって、そしたらVANのアイビーが絶対に正しいみたいな神話が出来てね・・・だけど、その後ガタガタと崩れたけど。(苦笑)」って話してくれた。 

b9_110_04.jpg

 高校の2年くらいまで(その後、3年になったら受験勉強を始めたワケでは無くて自分のファッションがアイビーから離れただけね。)は自慢じゃ無いけどボクは勉強なんかそっちのけで、友達の誰よりもメンクラに書いてあるアイビーやトラッドに関する大概のお約束事はアタマに叩き込んで居たつもりだった。そして通い詰めていたVANショップの仲良しのお兄さんや、時には何度かアメリカに行っていたオーナーさんからも持ち帰って来た服やアメリカの雑誌、メンズショップのカタログなどを見せてもらいながら様々な事を教えてもらっていたんだよ。 
 そしてメンクラや平凡パンチなんかに時折紹介されているファッション以外のアメリカ文化にも興味が出始めると、もっと詳しく知りたくて当時京都市内の教育会館に有った図書館に何度か行ったりもしてね。特に60年代中頃までのアメリカ映画や音楽の世界観はとってもステキで全てが輝いていて興味が本当に尽きなかったんだよね。(本当はベトナム戦争の激化や反戦運動、そしてカウンターカルチャーとしてのヒッピー文化の事も少しずつ分かってはいたけどね。) 
 だけど、そのエネルギーをもっと学業に向けていればボクも、きっと違うバラ色?の人生が約束されていたかも知れないのにねェ。もうだいぶ遅いけど・・・ 
 ところで、ちょっと話しが脱線しちゃったけれど昭和の昔、ワイシャツというのは糊をきかせてパキパキにアイロンを掛け、そして特に衿の部分は更にボール紙のようにカチカチに仕上げるのが割りと普通だったんだよ。だから中学に入った時に買わされた安物の学生向けのT/Cの混紡素材のワイシャツだって衿の部分には厚地の接着芯が張られていてアイロンなんか掛けなくても衿だけは妙にピンとしていたからね。 
 ところがVANのボタンダウンを着始めたら、あの衿腰部分のクニャクニャした感じが何とも心地良くってね。内緒で制服の下に白いオックスフォードのボタンダウンを着て行っては生活指導の先生に時々見付かって怒られていた。 
 ところがVANのシャツは洗濯をするとコットン100%だから結構シワになっちゃうんだよ。それで母親がアイロンくらい教えてやるから自分で掛けろ、と言われ最初はしぶしぶやっていたのだけど、何だかそのうちにアイロン掛けが楽しくなって来てね、暫くすると結構上手にアイロン掛けが出来るようになったんだよ。 

b9_110_05.jpg

 その頃ボクは、まだガキだったから洋服をクリーニングに出すという習慣が無かったけれど、当時はボタンダウンでさえクリーニング屋さんに出すと必ず糊を付けて手が切れそうにピンピンに仕上げられてしまうような時代だったから、自分ではアイロンなんか絶対かけない無精な従兄弟は「糊を付けないでね」と自転者で集配に来るオジさんに念を押しながら出しているのを横で見たりしていた。 
 そしたらある時に近所に出来た新しいクリーニング屋さんに従兄弟が買ったばかりのKENTのボタンダウンを出したら衿腰の内側の所に消えないペンで「ノリなし」って書かれてスゴいけんまくで怒っちゃってね(書く方にもかなり問題が有るけどね)アレその後の顛末はどうなったんだっけかなァ。まァ、そんなステキな昭和の時代だった訳だよ。 
 そんな事を繰り返しながら、その後ボクはだんだんと色気づいて来て、好きな女のコにどうしてもモテたいが為にネイビーブレザーに合わせるレジメンタルストライプのネクタイをVANショップで初めて買ったんだよ。それまで持っていたのは、従兄弟からのもらい物の細身で剣先にワンポイントの入った無地で、実は最初から結び目が作ってあってフックで引っ掛けて留めるインスタントのネクタイだった。 
 だからもう嬉しくてね、ヒマが有ると何回も結んだり解いたりしてようやく長さやノットの作り方のコツをつかみ、そして同時にメンクラに載っていたアメリカ人の写真を見ながら鏡の前でいかにボタンダウンの衿のロールがキレイに出るかという事を研究し始めたんだよね。これはね、トップボタンを留めてきちんとネクタイを締めるのでは無く、トップボタンを外してちょっとだけネクタイを緩めると出る衿のロールの感じの研究ね。そういう着方がバタ臭くて絶対にカッコいいと思っていたんだよ。上のジャック・レモンの写真みたいにね。 

b9_110_06.jpg

 画像は74年発行の伊藤紫朗氏の「トラッド&アイビー」。その中にも同じような記述が有ったよ。そして隣のページで書かれていた「アメリカ製のボタンダウンはボタンがXのクロス掛けになっている。」という記述を読んで当時「二の字掛け」になっていた国産のVANやKENTのシャツのボタンをわざわざクロス掛けに付け直したり、またある時は衿のロールの出方が微妙に変わるからなどと言ってボタンダウンの衿先のボタンの付け位置を少し動かして変えてみたり、また戻したり・・とボクは、今考えてもなかなかに困ったガキだった。 
 ただ、その後何年か経って判明したことは、いくらアメリカ製のボタンダウンでもボタンをクロス掛けにしてないシャツも結構存在したという事だった。おいおい・・・って感じだ。 

b9_110_07.jpg

 その後随分年月も経ち、そして本場アメリカ製のボタンダウンシャツも数え切れないくらい袖を通して来たけれど様々なブランドそれぞれにちょっとしたパターン(型紙)の違いが有ってひと口にロールと言っても出方が違うんだよね。 
 勿論基本中の基本はBROOKS BROTHERS、これがプロトタイプだよね。独特の柔らかいロールが出るように絶妙に設計されていると思うんだよ。ところが飯野高広くんのようなマニアックな連中が"GANT ROLL"と呼ぶ、ややシャープなカッティングの衿先が作り出すGANTのロールもカッコ良くてコチラもボクは好きだなァ。並べて比較すると衿の形がだいぶ違うのが分かるもんね。 

b9_110_08.jpg

b9_110_09.jpg

 ボクは基本的にボタンダウンシャツでトラディショナルスタイルのプロトタイプは当然BROOKS BROTHERSだと思っているんだけど、一方アイビースタイルのボタンダウンシャツのプロトタイプというとJ.PressやGANTあたりにそれを見出だせると個人的には思っているんだよ。衿の形もロールの出具合も違うしね。 
 画像のGANTはHuggerというテーパードボディの典型的なアイビーシャツなんだけど右の広告は1964年のモノだよ。Huggerってどういう意味なのかなァ・・着ると魅力的な男に見えて女性に対して「抱きしめちゃうぞ!」みたいな意味だろうかね?とボクの勝手な想像だけど。 
 ところで、典型的なアイビースタイルのボタンダウンシャツの資料として手元に保管しているのが画像の"ENRO"のシャツ。実は一度も着た事が無いんだよ。 

b9_110_10.jpg

 余り知られていないブランドだと思うんだけど、現在もケンタッキー州のルイビルに存在していて創業が1919年だそうだから100年近くもの歴史の有る老舗シャツメーカーなんだよね。現在の製品ラインナップも検索すれば出て来るよ。でも、ちょっとボク達のテリトリーでは無さそうなんだけどね。 
 だけど画像のこのシャツは60年代初め頃のアイビー時代ど真ん中の製品で、学生向けに細身のシェイプに加えて衿型はややシャープでロングポイント気味のボタンダウン。勿論センターボックスプリーツにロッカールーム仕様の細身のハンガーループ。そしてお約束のバックボタン。ナロータイのノットを小さく結ぶと現れる絶妙なカーブのロール。一度だけ試着して衿周りをチェックしてみたけどボク個人的にはとても気に入っているんだよね。 
 うちのオリジナルのボタンダウンの衿は、もう少し小ぶりにして有るけれど、どちらかと言うとこの辺りの型紙をお手本にしているんだよ。 
 ただね、ボクは今ネクタイをする事もほとんど無いし、当店で取り扱っている"SERO"のショートポイント気味のボタンダウンシャツなんかも往年のモデルとは違い、現在はほとんどロールとは無縁だけどGジャンやカーディガンなんかのインにとても衿の収まり具合が良く、実にいい味をしているから結構気に入っているんだよ。 

b9_110_11.jpg

 要するにボクは身頃のきついシャツがとにかく苦手なだけで、最近衿のロールなんか実はあんまり気にして無かったりするんだよ・・・
1

features

スタッフ募集

SEPTISオーナー玉木朗の超B級アーカイブ

SEPTISスタッフのブログ