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 たまたま、先日コーチジャケットの話でBEACH BOYSのカールウィルソンがリバーシブル(と思しき)のサテンのスタジャンを着てて・・と書いてたんだけど、良く考えてみるとメンズって結構リバーシブルのアイテムがあるよね。アウターに限らずキャップやベルトまで有ったりと、まァ随分と色々な種類のアイテムが生み出されてる。CHAMPIONのリバーシブルTなんかは有名だよね。
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 ボクに取って初めてのリバーシブル体験は、実は小学校の時の紅白帽である。赤と白とが表と裏になってて、体育の時間や運動会の時に使うものだった。子供ながらに、これはなかなかの発明だなァ・・なんてその時は思ってたけど、子供というのはスゴイ!友達が更にツバの部分をトサカの様にアタマのてっぺんに持って来て左右で紅白に分けて被るという「ウルトラマン」という被り方を編みだし、一躍学校中で流行ってしまった事があった。昭和のいい時代だった。

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話しを元に戻すけど、アメ横時代からリバーシブルのアウターなんかを接客する時はいつも「一粒で二度美味しいんですよ。ドーナツ盤で言う両A面!絶対お得ですよね〜」なんて言ってたけど、実はず〜っと密かに思ってた事が有る。確かに現行のWILDTHINGSのPRIMALOFTジャケットやCRESCENTのダウンベストのように秀逸なリバーシブルのアイテムも少なからず有ると思う。でも中には正直言って裏返しにして着れないワケじゃないけどリバーシブルとエラそうに言う割にはルックスがどう見ても所詮裏側なのも多いんだよ。#MA-1なんかは、明確な理由があるから、ああいう構造になってるんだけど、かと言ってオレンジの裏側を表にしてファッション的にカッコいいワケ無いしね。


 で、そんな事を思いながら過去に遡って自分でリバーシブルのアイテムを本当にカッコいいと思って、ちゃんと表も裏も着てたアイテムって何か有ったんだろうか?と考えてみたんだね。そしたら幾つか思い当たるのが出て来た。
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 今は無くなっちゃったけどイギリス製のAUTHENTIC IMPORTSというのが有って、ボクらは「オーセンティック」と呼んでた。丁度78年頃から始まったBARACUTA #G-9を軸とするSWING TOPの本格的なブームに乗じて、アメリカやイギリスの「それ風」のSWING TOPが何種類か入荷したうちのひとつだったんだね。代表的なアイテムとしては#G-9とほぼ同じで裏のチェックの柄が違うだけみたいなのがあったんだけど、それとは別に画像のモノはリバーシブルで本家BARACUTAには存在しないアイテムだったので、これはすごく人気が高かった。
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その頃「る〜ふ」ではSWING TOPとしてはBARACUTAやFOURCLIMESは勿論の事、アメリカのIZOD LACOSTEや、またSHANE HOUSEなんていうブランドなんかも取り扱ってたから色んなSWING TOPがある中「通」なヒトにウケまくってたのがAUTHENTICだったんだよ。画像のモノの他にメルトン×ツイル、メルトン×コーデュロイなんかも有って個人的にもかなり好きなアイテムだったけど、これが両面とも美味しく頂けるアイテムだった。

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画像のモノはネイビーを表にして着ると、ちょっと大人っぽいカンジでそのツートーンの色あいがカーキのチノパンなんかに、スゴく合う(と思う)んだね。おまけに「BARACUTAと違って見返しの部分が無地になりますから、これならチェックのシャツもストライプのTシャツも着れますしね〜」なんていう殺し文句もあったし。


 

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そしてもう一つがご存知MIGHTY MACだよ。これも79年頃のアイテムでPYRO NESSというアイテムなんだけど数あるMIGHTY MACのアイテムの中で唯一のリバーシブルだった。

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これも結構好きなアイテムで裏も表も気に入ってるんだよ。特にMIGHTY MACの表側の白っぽい色(SAND カラーと言って、今現在も35サマーズさんが、このRACE CLOTHという生地を復刻して定番色として展開されてる同じ色)は、どうしても袖口がすぐ汚れてしまうので汚れたら裏返しにして着たりしてた。カレーうどんを食べる時とかもね。
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このアイテムはLEVI'Sのデニムなんかに良くマッチしてくれて本当に便利でカッコ良かったから35サマーズさんに是非、完全復刻を・・と去年お願いしてみたんだけど、何故か却下されてしまったんだよ。(苦笑)共地のエルボーパッチも付いていてカッコいいと思ったんだけどねェ。


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多分MIGHTY MACご自慢のアイコン、T型スライダーが、このリバーシブルには付けられないもんね。どこのパーカか分からなくなるからだよ、きっと。
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カリフォルニアっていいよね、空は青いし、太陽は眩しいし、雨は降らないし、食い物はウマいし、歩かないし・・で、ボクも80年代にしばらくLAに住んでて、大好きなハンバーガーとピザを食べてたら10キロも太った。残念でした!で、実はその後全くヤセずに恥ずかしながらそのままなんだよ。

 

話しは遡るけど、ちょうど中学に入った頃から高校の頃、深夜放送のラジオから流れて来るロックやポップスが大好きでね、最初は小学校の頃初めて衝撃を受けたベンチャーズ、そして当然ビートルズ・・と結構当時の王道を歩んで来たと思うけど、70年頃からは「一発屋」と呼ばれるアーティストも含め選択肢が一挙に広がってね、気が付いたらただ単に「君はビートルズ派?」「ボクはストーンズ派」なんて事をやってたのがウソみたいに、ありとあらゆるアーティストや唄が出ては消えという混沌とした時代になっててね。


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そんな中でカリフォルニアを唄ったママス&パパスの「夢のカリフォルニア」やアルバートハモンドの「カリフォルニアの青い空」、スコットマッケンジーの「花のサンフランシスコ」、ビーチボーイズの「カリフォルニア ガールズ」なんかを通してぼんやりとだけど、憧れの「西海岸のカリフォルニア」というイメージを持ち始め出してたんだよね。 

 

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ところが当時の数少ない情報の中で「ミュージックライフ」やレコジャケに見られるアーティスト達の格好はお世辞にもアイビーの国のカッコいいアメリカ人とは思えず、ボクには何か最初は、みんな髪が長くてだらしが無い格好としか見えなかったんだよ。イギリスのビートルズが先頭を切って、どんどん汚らしく?なって行く中、大好きなビーチボーイズだって昔のボールドストライプのボタンダウンを着た格好は好きだけど、みんなでヒゲ面になってどうしちゃったの?みたいに思ってた。

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ちょうど音楽という側面から見てたアメリカと、そして「メンクラ」やVANが定義するアイビーファッションにどんどん傾倒して行った時期が大体同じ頃だったので東海岸のお坊ちゃん学生イメージのアイビーからは、どうしても「CCR」なんかの格好には結び付かなかったんだよね。当然ファッションとしてのアメリカは既に変化がどんどん進んでた事も最初は良く分かってなかったしね。
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そんなギャップがようやく埋まり始めたのが高校生も後半の頃、映画を観たりアメリカ製品を間近で手に取ったり出来るようになってからだった。アメリカ製品は「メンズクラブ」やVANから教わったアイビーの定義や解釈からは程遠いアイテムも多くて最初は、どうコーディネートしたら良いのか分からないモノも一杯有った。

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そんな頃、これならいける・・と思って手に取ったのがHANG TENのTシャツだった。足跡マークのワンポイントでね。実は友達が先に着てたので、すぐ買った店を教えてもらってボクも買いに行ったんだよ。それまではTシャツというとVANが発売してた背中にでっかいロゴを担いだモノとかJUNの変な柄のプリントTくらいしか知らなかったからカラフルな横シマはとても新鮮でインパクトがあった。
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で、そのHANG TENのTシャツに初めて強烈に太陽の光が降りそそぐ西海岸、カリフォルニアを感じたんだよ。いやァ、カッコいいと思ったね、でもVANのコットンパンツとかはどう考えても合わない気がしたので、最初はホワイトジーンズしか合わせるパンツが無くってね、ブルーデニムは、まだ持って無かったから。靴もまさかローファーやサドルシューズじゃ無理だから、行けそうなのはCONVERSEのレザーや少し前に買った赤のKEDSくらいしか無くてね。

 

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でもそんな感じで組み合わせると、やっぱりメチャクチャにカッコ良く見えて、暫くはご自慢の格好だった。ナイロンのコーチジャケットなんかを羽織ってね。

その後アメ横に行き始めた頃にも「る〜ふ」なんかでHANG TENのポロシャツやらナイロンのパーカやショーツなんかが売っててね、おまけに兄弟ブランドの♂♀マークが付いたGOLDEN BREEDなんてのも有った。ちょうどその少し前くらいからなのかなァ、ファッションがどんどんウェストコーストのテイストに走り始めて、同じアメリカでも東海岸のアイビーでは無くて西海岸のスタイルが主流になって来てたんだよ。短い髪にボタンダウンシャツを着てるのがだんだん恥ずかしくなって来てね。

 

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ちょうど手元に今は無き雑誌「チェックメイト」の創刊号(74年)があるんだけど、そこにHANG TENやらの横シマTを特集したページがあった。とても興味深いページでここには本物のモデルさんでは無くて、当時のウェストコーストファッションの伝道師だった方々がHANG TENなんかを着て写ってるんだよ。みんなメチャメチャにカッコいいよ、実はこの中には現在大手セレクトの超お偉い様や「る〜ふ」の先輩なんかが写ってるんだね。みんな西海岸、カリフォルニアにぞっこんだったんだよ。

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 アメリカ物にはまり出した頃はアレもコレもと、欲しいものが一杯あって・・・。でも高校生の財政状態には自ずと限界があってね、学業そっちのけで悩んでた。

今とは物価も全然違うから比較はちょっと難しいけど73年頃(アリャ・・38年も前だ!おじさんトシ取るワケだよ。)には地元関西では(滅多に売ってなかったけど)CONVERSEのCANVAS ALL-STARのローカットが6300円でハイカットが6800円だったからね。(東京では両方とも5800円だったという友達の話しもあったけど本当だったのかなァ。)

因みにその頃VANのCANVAS SNEAKERの"RUDDER"(TOP SIDERのキャンバスオックスフォードみたいなの。) と言うのが980円で、それを見て母親が普通の運動靴の2倍の値段だとビビッてたくらいだったから輸入物はとにかく、飛び抜けて高かったと思うんだね。確か7000円も出せばREGALのプレーントゥが買えたんじゃなかったかな。ローファーは今でも憶えてるけど3800円だったよ。

 そんな頃見つけて気に入ってたのがコーチジャケットでね。何て事は無くナイロンのシェルに裏には白っぽい起毛したフランネルのライニング。そしてスナップボタンで開閉する思い切り単純なアウターだよ、裾にコードが通っててね。

 だけど、そこそこ風は通さないし、インナーにセーターを着込めば結構暖かかったんだね。

 これが実はわざわざ神戸まで行って一番安く買えた5000円以内のアメリカ製のアウターだった。COLLEGEATE PACIFICというヤツでどこかの大学のマスコットみたいなのが胸にプリントされてたモノだったよ。でも安かった割に正直これは、かなり重宝したね。やっぱりアメリカ製の本物が徐々に分かり始めると、それまでご自慢のアウターだったVANのダッフルコートやスタジャンを着る事に、正直言ってかなり抵抗感が出始めて来てね、でも一度にあれこれ揃える事が出来ないから中に着てるVANのトレーナーとかKENTのシャツやセーターをスッポリ覆い隠してくれるのが何より好都合だったね。


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 そして勝手な思い込みかも知れないけど、これを着てコットンパンツやホワイトジーンズを穿くだけで何かアメリカンなテイストになってくれるんだよ。特にオレンジやグリーンなんかのバタ臭い色を着てスエードのCONVERSEとかKEDSを履くだけでね。


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 その後アメリカへ行った時も案の定、向こうの学生が結構着ててね、別に今考えればあちらでこそ安物の単なるウィンドブレーカーで、どこのCO-OPやスポーツショップに行っても売ってたんだけど、ボクはアメリカの若いヤツらの間じゃ、まだコーチジャケットが本当に流行ってるんだと思い込んでて、自分もたまたま立ち寄ったスポーツショップで一着買ったんだよ。ところが日本に帰国してから、良く良く考えたらせっかくUCLAの前まで行ったのに周りのTシャツ屋やらレコード屋で時間をつぶしてしまってUCLAのロゴが入ったコーチジャケットを買って来なかったのがちょっと悔しくってね。


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 「る〜ふ」の頃はお得意のBARACUTAなんかを着てる事が多かったけど、やっぱりコーチジャケットは時々着ててね、オレンジっぽいイエローでEMPIREのヤツ。これが色のちょっと落ちたLEVI'Sの#646のデニムと、そしてADIDASのTOBACCOを履くと何か妙に合ってる様に思えてカッコ良かったね。中にはLEVI'Sのチェックのウェスタンシャツなんかを着てね。


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 画像はもう少し後のモノなんだけどPLA-JACのヤツ、胸のワッペンは恥ずかしながら太ってしまって前が閉まらなくなってしまったKATINのトランクスのパッチの廃品利用だよ。

 

 

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そしてもうひとつは、これも長年に亘って着倒したL.L.BEANのヤツ。わざとデカいサイズを着て中にダウンベストなんかを着たりしてたんだけど、PLA-JACよりもう少し高級品?で、このチンストラップが付いてるのが何だかとても好きなんだよね、実際には使いもしないクセにね。


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 そう言えばサーフィン、ホットロッドのジャンルで、ちょっとマニアックだけどロニー&ザ、デイトナスというグループが居てね「GTO」(邦題:GTOでぶっ飛ばせ だったかな?)というアルバムのジャケットで4人のメンバーが赤いコーチジャケット(だと思う)をお揃いで着てて、それがまたエラくカッコいいんだよ。髪型とかもね・・・偏見かなァ。


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 ついでにサーフィンミュージックと言えば、随分最近になって気が付いたんだけど大御所BEACH BOYSが80年にイギリスのネブワースでやったライブの映像をボーっと観てたら何とブライアンウィルソンがステージに普通のコーチジャケットを着て出て来るんだよ。ネイビーのね、でも考えてみたらビッグステージに安物のペラペラのコーチジャケットだよ、それもあのブライアンウィルソンがね。ステージ用の衣装なんてそれこそ一杯あるんだろうに、何故コーチジャケットなんだろうね・・理由が知りたい。知ったところでどうなんだ?という気もするけど。おまけにカールウィルソンの裏がパープルのサテンのグリーンのスタジャン(これはリバーシブルか??)も強烈に絶句するけどね。そのセンスが分からん・・・・やっぱり西海岸のアメリカ人だからなのかなァ??


 でも侮ってはいけない、コーチジャケットは、やっぱりアメカジの基本だよ。このボクが30年以上着続けてるんだから・・・バカにしたらバチが当たる。

 
 
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 POPEYEの創刊号を久しぶりにぼんやり眺めてたら、あるブランドを思い出してね。
ボクが丁度東京に出て来た翌年くらいだったかなァ・・ラグジャーが流行り始めてね。アメリカンスタイルにウルサそうなヒト達が3インチくらいの幅の広いボーダーのラグジャーを着てるのをアメ横に行った時なんかに少しずつ見かけるようになってボクも気になり出してたんだよ。「ミウラ」なんかに売ってたからね。

 

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それをコーデュロイのブッシュパンツや、「MADE IN U.S.A .CATALOG」の表紙になった為にいきなり騒がれ始めたLEVI'Sの#501なんかに合わせるワケだよね。(ボクは当時オレンジラベルと呼んでた#646の方が全然好きだったけどね。)更に、まだボクは当時リュックと呼んでて、正しい呼び名をちゃんと知らなかったんだけど「る〜ふ」で売ってたUCLAのサイクルパックや、やたら値段の高かったSIERRAとかのデイパックを背負ってるヒトも居て、かなり新鮮に見えたね。その頃は既にレトロなアイビーのアメリカじゃ無くって、現在進行形のアメリカを強烈に感じてたんだよ。髪も伸ばしてたしね。

 

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 その頃下北沢にも「る〜ふ」が有るのを先輩から教えてもらってね、他にもアメ横以外で「キニック」や「アウトポスト」「スポーツトレイン」なんかにもアメリカの服や靴なんかが売られているのを知って時々見に行ったりするようになっててね。うろ覚えなんだけど結局ラグジャーを買おうと思って見に行ったのは、多分下北沢の「る〜ふ」じゃ無かったかなァ、割と一杯並べられててね。それで実際触ってみてどうしようかと迷ってしまったんだけど結局買わずに帰って来た事があったんだよ。高校の時のラグビー部の連中がラグジャーを着てたけど、やっぱりアイツら体デカいしどうしても運動着イメージが強くてね、おまけにまだボクは痩せてて細かったからとてもバリッと着こなせる自信も無かったし、なんかSサイズでもデカそうだったしね。

 

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 ただ、後でどうもやっぱりそれっぽいのが欲しくなったので暫く経って手に入れたのがラグジャー風のちょっと生地が分厚い幅広ボーダーの長袖のポロシャツみたいなアイテムだったんだよ。それが「NORMAN」というブランドだったんだね。もう手元に無いんだけど襟が白くて身頃がワインとネイビーのボーダーのヤツ。でも最初に洗った時に見事に色が出てしまって白かった襟が何かピンクっぽくマダラになっちゃって、おまけに一緒に洗ったコーデュロイのパンツもあちこち染まっちゃってねェ、最悪だったよ。だけど何回か着てるうちに全体的に白っぽくなって来て、かえっていいカンジになって来たから途中からは余り気にもならなくなってたね。

 その後暫く経って「る〜ふ」に入ったら、やっぱりNORMANの商品を扱っててね。ただ、ラグジャーみたいなヤツとかじゃ無くって、T/C素材の無地やチェックのボタンダウンやエポーレットの付いたシャツ、また鹿の子素材とかパイル素材のポロシャツとかだったね。

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NORMANは何か全然メジャーなブランドというカンジじゃ無かったんだけど、いかにもアメリカのシャツ・・というようなバタ臭い色合いや柄でボクは結構好きだった。その頃一緒に扱ってたELY&WALKERやHOLBROOK BROS.なんかのシャツよりは、もう少し高級感も有ったしね。当時の先輩からL.L.BEANやGOKEYSの別注を受けてるシャツメーカーだと教えてもらったと思うけど、本当にそうだったのかどうかは最後まで分からなかったね。

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翌年にもNORMANは入荷して来たんだけど企画が少し変化したのか先輩がそういうオーダーにしたのか分からなかったけど、だいぶアイビーっぽいテイストになってた。おまけにSHIRTS MAKERSを名乗ってるクセにNORMANブランドのチノパンやバミューダショーツまで入って来てね。

その頃はようやくプレッピーへの兆しが少しずつ見え始めていてパンツなんかも生成りのカーペンターパンツやウォッチポケット付きのチノパンなんかが売れるようになって逆にフレアボトムのパンツやLEVI'SのMOVIN'ONなんかが下火になり始めてたんだけど、そんな中途半端な時期にNORMANのアイテムはすごく新鮮に見えて、かなり人気もあってね、何かすごく自分の中では印象深かった。ヘロヘロになるまで着てたポロシャツも気に入ってたしね。

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ところが次第にヤンキーっぽいとか、バタ臭いとか言うよりは、もっとトラッドっぽいブランドやアイテムに人気が集中し始めて、同じボタンダウンシャツなんかでもボクはSEROやGORDONあたりを中心に発注するようになって、いつしかNORMANは、その後話題にもならなくて、実はボクもずっと忘れてしまってたね。
 
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 スウィングトップというのは、VAN JACKETの石津先生が名付けたという定説だよね。でも正しくは・・とか、ここでは言わないで、あえてSWING TOPにしておくね。呼びやすいし、実はスゴク上手い命名だなァと思ってる。

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 通常SWING TOPのプロトタイプと言うとイギリスではBARACUTAの #G-9、そしてアメリカだとMcGREGORのDRIZZLER JACKETだというのが、とりあえずお約束事になっている。そしてそれぞれが本来ゴルフ用のアウターとして随所に工夫された仕様が搭載されていて、もう手を加えるところが無いくらいに完成度が高いと思われるし、また絶対古さの出ないカジュアルアウターのスタンダードアイテムだよね。

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 だけどSWING TOPというと上記の2アイテムで全てが語れる程その世界感は浅く無いと思うんだね。勿論もう一つのイギリスのSWING TOPと言えば、往年の英国王室御用達ブランド、GRENFELLを紹介しなきゃいけないし・・・(まァ他にもあるんだけど)でもこいつのウンチクを言い出すとそれはそれでキリが無いからまた今度にするけど、#G-9とはまた少し趣きが違って、ガキでは着こなせない大人のアウターの雰囲気だよね。値段もえらく高かったしね。

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 一方アメリカには、ほとんど誰も話題にした事がないと思うんだけど、実はドッグイヤーカラーのもう一つの定番SWING TOPがあるんだよ。ずっと前から不思議に思ってたんだけど、このデザインに関しては60年代頃から本当に色々なブランドから発売されてたみたいでプロトタイプは一体どのメーカーだったのか未だにボクも分からない。

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で、そのディテールはと言うと、BARACUTA #G-9とは違いニットを使わないドッグイヤーカラーでラグラン袖、そしてカフスはボタン留めになっているんだね。そしてポケットは独特の逆向きの片玉縁で裾はサイドにゴムを通したシャーリングになっているんだよ。一方背中にはヨークがあり、プリーツが脇に寄せて2本づつ取ってある、というのがこのSWING TOPのほぼ典型的なディテールなんだね。(時々ちょっと違ったりするけど。)素材は、ほぼ同様に当時盛んにアウターウェアに使用されていた、いわゆるT/Cでね。
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(注:T/Cはね、ポリエステルとコットンの混紡素材で、強靭かつ速乾性に優れシワにもなりにくいという当時の画期的な素材なんだね。【T】は、50年代初めにアメリカのデュポン社が開発した(ダクロン)とネーミングされたポリエステル繊維なんだけど、それを日本では50年代末に帝人と東レが共同開発したのでアタマの文字を取って、そしてダクロンの(ロン)を頂いて【テトロン】と商標登録したんだね。そのテトロンの頭文字の【T】とコットンの【C】だよ。これは日本でしか言わないし、(アメリカでT/Cというとトラベラーズチェックだからね。)テトロンという呼び名も今はあんまり使わないしね。でも、あの名門MIGHTY MAC社も当時はT/C素材に独自でRACE-CLOTHという名前を付け盛んに使用してたんだよ。近年35 SUMMERSさんが完全復刻させたARO-DECKというアイテムはディテールもさることながら、素材も当時のRACE-CLOTHを見事に再現されてて、お見事!だね。)

 

 この手のSWING TOPは、TAKE IVYの写真みたいに60年代っぽくホワイトジーンズに合わせたりするとカッコいいんだよ。ちょいと襟を立てて、ヘアースタイルもクルーカットなんかにしてね。

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 ところがこのデザインは今は無きPETERSを始め、IZOD、最近までは存在してたと思われる(まだあるのかなァ?)ENGLISH SQUIRE、そして懐かしいZERO-KING,やLONDON FOG、PACIFIC TRAILそのほかにもL.L.BEANやSEARS、J.C.PENNY、などのマスプロアイテムまで数えだしたらキリが無いんだけど、みんな一様に大体同じようなディテールなんだね。一体誰が最初このデザインを考えたんだろうね?元々サープラスのアイテムだったりするのかなァ・・以前は古着屋さんの店頭でもこのデザインは結構色々なブランドのモノがあったと思うけど、今はどうなんだろうね。でも今見てもすごくカッコいいデザインだと勝手に思ってるんだけど。

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 ちょうど80年に差し掛かる頃かな、プレッピーの流れがいよいよ本流になって来てね、でも要はアイビーの時代に戻ったみたいなもんだったからボクは居心地が良いから楽しくてね。マドラスのシャツだとか古いアイテムも引っ張り出して大威張りで着れるものもあったし。で、それならばとアイビーを軸としたアメリカの60年代後半から70年頃のスタイルに更に深く興味を持ち始めてアメ横の色んな店で古い売れ残りの商品を見つけては買ったりね。そんな頃、ボクは冬でも着れるアクリルのボアの取り外しが出来るライナー付きのPETERSのヤツを御徒町のBESSY ROSSというショップで見つけて来て愛用してたんだよ。「る〜ふ」は店が強烈に狭かった(1坪強)からダウンなんか着てたら店が込んで来た時なんか身動きが取れなくなっちゃってね。だからダウン程暖かくは無かったけど、中にセーターを着込めば結構快適なアイテムでかなり重宝したね。暖かくなればライナーを外して着れるしね。

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 そんな事を思い出して、最近同様のアイテムをオリジナルで作ってみた、勿論T/Cの素材でね。ただ本当に当時のSWING TOPという形に忠実に作ってしまうと、あまりに雰囲気がオヤジくさくなるし、おまけにうちの若いスタッフが目で拒絶反応を示してるから(笑)裾がストレートカットでサイドにアジャスターのついたBARACUTA #G-4のようなデザインにアレンジしたんだよ。(昔PETERSだったと思うけど、こんなデザインのヤツが有ったよなァ・・買っとけば良かったよ。)

で、早速まず自分で着てみたね。自分で言うと本当におバカだけど、やっぱりカッコ良かったよ。

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