- ようやく寒くなって(注:本原稿は昨年11月初旬に書かれたものです)、やっとニットが着られる気温になってきた。ヤデウレジヤ。
セプティズの店内にもまだ暑〜い時期から、発色のいいシェットランドセーターが棚にきれ〜いにグラデーションにたたまれて売ってましたっけ。そうそう、うんうん、よしよし、やっぱシェットランドセーターはこうやって店内に置いてくんなくちゃね。もちろん、メイドインスコットランド、もしくはメイドインアイルランドでなくてはねばならぬなのだ。
しかし毎度のことながら、このところのアメカジ景気でこのシェットランドセーターの人気がまたまた復活している。ちょっと前まではイタリア製のラグジュアリーなハイゲージニットに押されて、シェットランドセーターなんて風前の灯だったのに、流行ってコワイ。
ワシなんか、持ってるセーターのほとんどはシェットランドセーターだかんね。高校生の頃に買ったやつなんか、いまだにまだ持ってるさかい。なにしろ昔は一番安くて気軽に着られる唯一の本格セーターといったら、シェットランドセーターだったから。当時メイドインスコットランドでも9800円ぐらいで買えたのよ。これがラムズセーターになるともうちょっと高くなって買うのに勇気がいった。いまじゃユニクロで安く買えるカシミヤなんてアータ、夢のまた夢。もっとも、バレンタインやコーギーなんて百貨店の高級紳士売り場とかでしか扱ってなくて、あーゆうカシミヤの高級セーターはオヤジブランドのダサダサなセーターだと思ってたからねぇ。いやはや、無知ってコワイっすね。
でも昔はシェットランドセーターも、シェットランドっていったってほとんどが日本製で、なかなか本物が手に入らなかったのだ。仕方なく、メンクラの扉を開けると必ず最初に広告が出てたジムのやつなんかを着てたんだよな〜(最近はジムも勉強して認められて、メリノウールの発色のいい上質なハイゲージセーターとかをビームスプラスで扱ってたりするけどね)。だから初めて、ネックがまくし縫いじゃない、軽くて発色のいい英国製のシェットランドセーターを買ったときには、「おおー、これがMADE IN USAカタログのJ.プレスのページに出ていたシャギードッグセーターってやつとおんなじやつかぁ!」と感激したもんです。
シャギードッグセーターというのは、J.プレスのシェットランドセーターの呼び方で、「あざみのトゲでひっかいてシャギードックの毛並みみたいな起毛をワザとつけてる」というウンチクも、たしかMADE IN USAカタログで知った。なーんも知らないワレワレの間では、「BDシャツならブルックス、シェットランドセーターならJ.プレス」だったんである。
あれから30余年。いま、セプティズやビームスプラスとかで売っているシェットランドセーターは、昔と違ってホントに本物の真実のシェットランドセーターらしいではないか。お値段のほうも昔とは大違いだが、まず、脇に縫い目がないシームレスってぇところが昔のインチキシェットランドセーターといちばん違うやね。それから、なんといっても発色の良さと軽さ。これがもう昔のインチキシェットランドセーターとは断然違うのだ。
おおー、そうかそうか、そうだったのか。これがホントに本物の真実のシェットランド島で作られているシェットランドセーターだったのかぁ〜。しばし天を仰いで感無量...。いやぁ〜、長かった。お金のない学生たちが着るたかだが無地のカジュアルセーターなのに、ホントに本物の真実のシェットランドウールに触われるまで30余年もかかってしまっただよ。いまじゃすっかりもうオヤジ。
さっそく、30年何年ぶりにシェットランドセーターを買おうとかおもってセプティズに出かけてみたら、ホントに本物の真実のシャギードッグセーターの『ピーターバランス』なんていまや大人気で、セプティズでも売れに売れていて、なんともう在庫がなくて買えなかったのだ。ちぇ〜、なんだぁ、まだ暑い頃はあんなに揃ってたのにぃ〜。寒くなってからじゃもう遅いってことなのね。ガックシ。
すると玉木店長から「同じホントに本物の真実のシェットランドセーターで、ジェームズシャルロットならあるよ」と勧められた。うーん...、でもオレの中では『ジェームズシャルロット』は、同じホントに本物の真実のセーターでも、どっちかっていえばシェットランドセーターというよりはチルデンセーターなんだよなぁ。またの機会にしとくよ。
(注:ジェームズシャルロットの脇はシームレスではありません。でもインチキではありません(苦笑...玉木))
昔と違って、なーんの苦労もなくセプティズで(玉木店長のウンチクをえんえん聞かなくちゃなんないけど)、ホントに本物の真実のシェットランドセーターが気軽に買えちゃういまどきの人たちはシャーワセである。
なのにアータ、最近の若いヤツらときたひにゃ、シェットランドセーターも、カットソーみたいにTシャツの上から着たりしてやがんのね。フントニモー、オジサンが絶対にできないのが、あの着方である。一度、ジョンスメとかハイゲージのメリノウールならばチクチクしないし、できるかもと思って挑戦してみたことがあるんだけど、どうにもこうにも、あのセーターの襟元からTシャツがチラリというのが気持ち悪くって、やっぱダメでしたね。
あのね、せっかくホントに本物の真実のシェットランドセーターが着られるんだから、ちゃんと襟元からBDシャツをチラリと覗かして着なさいっ。
(「ピーターバランス、シャギードッグセーター」今期秋には再度入荷予定です)
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- セプティズの玉木店長と知り合ったのは、いまからかれこれ6〜7年前である。
ビギンのコヂマ編集長から「いでさんが泣いて喜ぶお店が三軒茶屋にあるんですよ」と紹介されて、別冊のファッションビギンのコラムで綿谷画伯と取材に行ったのが最初である。
まだお店が今の場所じゃなくて三軒茶屋の茶沢通り沿いにあった頃で、まるで昔のメンズショップかインポートショップみたいな懐かしい顔つきをしたお店に、アメカジオヤジのハートは、たしかにぃ〜、ワシづかみされたのだった。
そのときに、玉木店長から初のウンチクをえんえんと聞かれたのが、今回のお題である『バラクータ』のG-9である。
店内にバラクータのG-9を着たスティーブマックィーンの写真集がまるで撒き餌のごとく飾ってあって、思わずそれを見て「やっぱかっこいいよね〜、マックィーンのバラクータって」とうっかり言っちゃったが最後、玉木店長から「どう昔のバラクータは違ってたか」、「マックィーンが着てるバラクータはどこのやつか?」などなど、狭い店内で3時間近く立ち話で熱く聞かされたのであった。
しかしいま思えば、あの頃はまだいい時代であったなぁ。だってさぁ〜、いまやバラクータのG-9もスリムフィットだとかヴィンテージタイプだとか、ラコステのごとくいろんなサイジングがあってさぁ〜、ゴルフのスィングしたひにゃ、破れちゃうじゃんかい。しかも困ったことに一応どれもMADE IN ENGLANDだからして、こうなるともう、どれを選んでいいんやら、さっぱりワカンネ。玉木店長も「正直ね、もう好みだね」と言うでないか。
いやはやバラクータといったら「これだけ!これしかないのっ!」という単純明快だったあの頃が懐かしいったらありゃしない。
さて、そのバラクータG-9といえば、誰もがすぐに思い浮かべるのが件のスティーブマックイーンということにソクなるわけです。今でこそオレも知ったような顔をして「マックイーンといえばバラクータだよね〜」などと言ってるんだけども、じつはカミングアウトしちゃいます。スティーブマックィーンがバラクータを着てたなんてことを知ったのはほんのつい最近なんすよねぇ。初めてバラクータG-9を買った高校生の頃なんて、マックィーンのマも興味なかったずらよ。ゴメンねー、マックイーンがどーのこーのとか、知ったか顔してウンチクを語っちゃったりして。
しかしオレと同世代のアメカジオヤジたちの大半は、おそらくそうなんじゃないかと思うのだ。
じゃあワレワレはバラクータのG-9の着こなし方を、誰をお手本にしていたのかというと、それはズバリ、高倉健である。
昔、高倉健が主演で倉本聡が演出の「あにき」っていうTVドラマがあってね、高倉健は例によって無口な男気のある大工か何かの棟梁の役だったんだけど、そのドラマで健さんは毎回いつもバラクータのG-9を色違いで何着も着ていたんだよねぇ〜。ドッグイヤーの襟を上までぴちっと閉めて着る健さんときたひにゃ、そりゃあもうすげぇーシブくって、マックィーンどころじゃなかった。何年かして「あれはラサンスが別注したバラクータだ」なんていうウワサまで流れたりして、とにかく健さんのバラクータG-9の着こなし方はカッコよかったのだ。
そういや以前、原宿の「キャシディ」の八木沢さんを取材したときに、やっぱり八木沢さんもオレと同じで「バラクータのG-9って、ぼくらの世代はマックィーンじゃなくて高倉健なんですよね」と言っていましたよ。そうだよねー。
この話を、セプテイズの玉木店長に話したら、なんと衝撃の事実が判明したのである。「あのね、あの頃、健さんにバラクータのG-9を売ってたのって、オレなのよ」と言うではないか!えーっ、それってマジっすか?!すっげーじゃんか、玉木店長!なんでも当時、まだ玉木さんがアメ横の「る〜ふ」で働いていた頃、ちょくちょく高倉健さんのお付きの人がやって来てバラクータのG-9を色違いで何着も買っていったんだそうだ。なんとその時に接客していたのが、若かりし頃の玉木さんなのである。
ちなみに、この「る〜ふ」という店はシップスの前身の「ミウラ」のすぐ隣りにあった、今となっては伝説のアメ横のインポートショップである。当時、「ミウラ」の偉そうにしてるおにいちゃんたちが恐くて、敷居が高くて、なかなか買えなかった服好きの小僧たちは、みんなすぐ隣りの優しい玉木さんがいるほうの「る〜ふ」で、とりあえずラッセルの霜降りTシャツとかを買っていたのだ(シップスの中澤さんなんかもそうだったらしい)。現在の玉木店長の原点みたいなショップなんである。
余談だけど、その昔、キャシディの八木沢さんもアメ横の「る〜ふ」の面接を受けたことがあるんだそうだ。でもそのときに面接に来ていたもう1人のほうが受かって、八木沢さんは落ちちゃって、それで原宿のキャシディに就職したんだって。なんとときにその受かったもう1人のほうというのが、誰あろう、現在のセプティズの玉木店長なんである。
うーむ、なんか今回はバラクータのG-9の話から日本のインポートショップを支える人たちの裏話みたいになっちゃったが、とにかくその頃からバラクータのG-9はずっと売っていたってことですな。そして昔はバラクータといったら、マックィーンじゃなくて高倉健だったのだ。
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- 前回のバスのペニーローファーにひき続きまして秋のバックトゥキャンパスシリーズ第2弾、西海岸編ということで、今回は『ケルティ』のデイバックである。
そしたらなんとアータ、セプティズの玉木店長に聞いたところによると、あまりにも人気があって入荷したとたんにすぐ売り切れてしまって、現在追加入荷待ち状態のために、お店に在庫がないらしいのだ。
玉木店長んとこのセプティズだけではない。ビームスプラスなんかでも入荷するそばから売れてソク完売という状態が続いてるらしい。ええ〜、ウソッ、ホントぅ?「今年はデイパックが再びブーム!」みたいなこといって騒いでるのは知ってたけど、まさかそれほどまでケルティのデイパックが人気があるとは、オジサン、思いもよらなんだったよ。いったい世の中、どうなっちゃっておるのだ。うーむ...、これはもう、どこかわたしらの知らないところで「アメカジ、アメトラときたら、次はヘビアイでもまた流行らしちゃおうか」なぁんていう大きな政治力か何かが秘密裏に動いているとしか思えない。
だってアータね、ケルティだぜ。ケルティ。 「え、まだあったの?」である。いまどき、アメリカ人でもケルティのデイパックなんて持ってる人なんかいないと思うよ。ていうか「え、なにそれ?」っていうかもしれない。それがなぜ今?しかもなんで日本で?
まぁでも、確かにケルティはティアドロップ型の小ぶりのデイパックの中では一番カッコよかった。他にもMEIだとかREIだとかいろいろあったけど、すげぇー欲しかった。グレゴリーなんて売ってなかった時代の話ね。
あの小ぶりで中に仕切りもなんにもない、シンプルなまさにデイパックと呼ぶに相応しいサイズ、シェラのロクヨンにも似た、ザラついたナイロンコーデュラ地のオレンジやグリーン、ブルーのカラー。背中のブタ鼻と、いかにも70年代のアウトドアブランドっぽいデザインのタグ。
それらすべてはもうまさしく、小林泰彦がポパイの創刊号やメンクラで描いていた西海岸のUCLAの学生たちがキャンパスで背負って歩いてるデイパックそのもので、リュックサックしか知らなかったワシらに衝撃的で、憧れの存在であったのだ。
でもこれがまた前回のバスのローファー同様、どこにも売ってやいねぇーし、売ってても値段も高くてねぇ。たいていみんな親に買ってもらおうとせがんだら「リュックのくせになんでそんな高いの!」と言われてしまっていたのだ。
で、仕方なく、オレの友達なんかはタラスブルバなんていう日本のメーカーがアウトドアブームに便乗して出したノースフェイスそっくりの安いやつを買って背負って歩いてたりしたわけさ。でもノースフェイスタイプは底にレザーが張ってあって、アウトドア臭が強くてちょーっと違うんだよなぁ〜、西海岸の学生が背負ってるデイパックとは。
オレはそれが嫌で、ケルティの代わりにアメ横のる〜ふで買ったUCLAのサイクリングパックを背負って、片手にはスケボーを持って、キャンパスを歩くUCLAの学生のように家の近所の田舎の畦道を歩いてたわけさ。あ、ここ、笑うとこでないから。
しかしセレクトショップの若いにいちゃんたちのデイパックを背負った格好を見ると、またちょこっとひとこと言わないわけにゃあいかんな。なにあれ。なんかさぁー、オダギリジョーみたいな無精髭生やしたヘアスタイルでさぁ〜、ぴたぴたのシャンブレーワークシャツをアウドドアパーカーの下から袖だして着ちゃったりしてさぁ〜、モダナイズしたディッキーズのチノパンとかを腰ばきしちゃってさぁ〜、そういう格好してデイパックを背負って野外フェスとかに行ってんだよな、たぶん。フントニモー、そんなのアウトドアでないやいっ。ヘビアイでないやいっ。
やっぱケルティのデイパックを背負って一番似合う格好といったら、ラグジャである。それもバーバリアンみたいなイングランド型の襟じゃなくて、アンブロとかカンタベリーみたいな1ツボタンのニュージランド型の襟がいいやね。もちろん、色はUCLAのスクールカラーのブルーにイエローの太縞ね。それにリーバイスのコーデュロイのブッシュパンツをはいてだね、四角いバックルのぶっといギャリソンベルトをしてだね、ナイキのナイロンコルテツとかアディダスのカントリーをはくのさ。そして「♪サンシャア〜インオンマイショルダア〜メイクスミ〜ハッピイ〜(あと知らない)」と、ジョンデンバーの歌を口ずさんで歩くのさ。
これが正しいケルティのデイパックの背負い方である。いまどき、そんな恥ずかしい格好した学生、アメリカにもいないけど。
- セプティズの玉木店長から「そろそろ秋だからさぁー、バックトゥキャンパスなアイテムをやってくれない?」と言われたのだ。
うお〜、ひさしぶりに聞いちゃったよ、「バックトゥキャンパス」!いまどきの若いコたちは知らないと思うけど、70年代後半〜80年代の初め頃は、秋になるとメンクラやポパイの秋のファッション特集号のタイトルに、決まってよくこれが使われていたのだ。
バックトゥキャンパス、学校に戻って来る、すなわち新学期ってことですな。日本と違ってアメリカのアイビリーグの学校は9月が新学期スタート。それまで、ひと夏を別荘のある避暑地で親と過ごしたり、アルバイトをしていた学生たちが勉強をしにキャンパスへと帰ってくるのだ。湖の畔かなんかでカットオフしたチノパンツにボートモカシンなんかはいて、ゆるい格好で遊びまくっていた学生たちが、教科書を詰め込んだデイパックを背負ったり、小脇にコープのルーズリーフを抱えて、エルボーパッチの付いたシェットランドセーターのクルーネックの襟元から白いオックスフォードのBDシャツをチラリと覗かせて、リーバイスのホワイトピケパンツに白いクルーソックスでローフアー。そんな格好で秋めいてきたキャンパスを闊歩する季節なわけです。
まぁこれ、全部オレの勝手な想像なんだけもね。ホントはどうなのかは知らん。ていうか、いまどき、アメリカでもそんな格好した学生なんかいないよ。どうせみんなアバクロとか着たOCみたいなカッコなんだろねぇ。
そういうわけでして、今回は秋一番、バックトゥキャンパスなアイテムときたら『バス・ウィージュンズ』のペニーローファーである。
昔、欲しかったなー、これ。でもどこにいきゃ売ってんだ?売ってても高ぇーじゃん!極東の端っこの日本の坊主頭の学ランを着た学生には、そりゃあもう憧れの靴だったのよ。
高級ローファーといったらばリーガルしか履いたことなくて、タンの縫い合わせも昔の日本のローファーはセバゴとかを参考にしていたからビーフロールで、あれがいかにも学生靴みたいでダサくてイヤだったわけよ。なんか最近はイタリアのオヤジがセバゴとか履きだしてビーフロールのほうがオシャレらしいけどね。でも昔は、バスのあのスマートなストラップが眩しかったわけよ。
初めて買えたのはいつ頃だったっけかなぁ。
アメ横だったか、シモキタの市場の中の靴屋だったか。どっちにしても80年代に入っちゃってからだったと思う。まだインソールに入ってるロゴが「WEEJUNS」だった頃ね。色は黒。バスのペニーローファーは茶色よりも黒のほうが好き。もうね、そいつを顔が映るぐらい、ピッカピカに磨いて履くのがカッコいい。それにアーガイルのソックスを合わせて白のカーペンターパンツをはいてオックスフォードのBDシャツにフェアアイルのニットベスト。蝶タイもしたいところだが、オレがこれやると漫才師になっちゃうもんで手を出さなかった。
そんなバスのペニーローファーとオレとの蜜月期間も、銀座にシップスができてコールハーンが現れるまでであった。なにしろグローブレザーのローファーなんてそれまで見たこともなかったかんね。ソッコーそっちに乗り換えてしまった。ごめんね、バス。短い付き合いで。それ以降、すっかりバスは世間から見はなされて、アメ横でディスカウントか、町のリーガルショップで細々と売られている人生を歩むのであった。まだオールデンもウェストンも知らない時代の話。
そしたらどうよ、最近のバス大復活劇!
セプティズにいったら、棚にズラリと売ってるではないか。しかもアータ、最近のバスはセバゴみたいなビーフロールもあれば、フローシャイムみたいなヴァンプもあれば、ダーティバックスなんかもあるでねーの。ちょっとアメトラ景気にのってやりすぎの感もしないではないが、お値段も昔とそんなに変わらぬ●● 円。とりあえず、オジサンたちは間違いなく買っちゃうだろう。昨今のこのアメトラ景気で、若いお客さんもこぞってバスを買い求めに来てるらしい。 でも玉木店長がまたまた、楽天イーグルスの野村監督のようにレジ裏でボヤいていた。「オールデンとどっちがいいっすかね?」とか聞いてくるらしいのだ。「そもそもバスは学生が履く靴なんだから、オールデンと比べること自体がおかしいのっ!」と、星野仙一のように怒っていたのだ。だよねー、言ってみりゃバスはアメリカのハルタみたいなもんなんだから。昔それに気づかずに憧れたオヤジたちもオヤジたちだけど。もうね、ガンガンはいちゃっていいの。はいちゃってください。しかしバスがこんなに復活しちゃうんなら、今はなきウォークオーバーもまた復活してほしいなぁ〜。アメリカ人よりアメリカオタクな日本のセレクトショップの兄ちゃんが頑張ってやってくんないかしら。そしたらオジサン、またまた飛びついちゃうんだけどな。
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- いつも温厚なセプティズの玉木店長が、いつになく鼻息をフンフンと荒くさせている。
「どうしちゃったのよ?」と聞けば、どうも最近の若いお客さんは何でもすぐに略して言うのが許せないらしい。
あーねー、確かに。松本潤を「マツジュン」なんて言うしねぇ。 え、そういうことではないってか。
例えば「マッキントッシュ」のことを「マッキン」とか、「ジョンスメドレー」のことを「ジョンスメ」とか、ひどいのになると「ラヴェンハム」のことを「ラヴェ」と言うらしい。それは初耳だ。ちなみに「インディヴィジュアライズドシャツ」だけは「インディヴィ」と言っても許すらしい。あ痛、舌噛んじゃった。さすがにあれは長すぎるからねぇ。ナルホドー。同じアメカジオヤジとして、玉木店長のそのお気持ちよぅ〜く察します。そもそもマッキントッシュは略していうならマッキンじゃなくて「マック」だろっ。パックンマックンじゃあるまいし。フントニモー。
オーシ、なら今日はオレもイカっちゃうよ。オレが納得いかないのは、セレクトショップのいまどきのプレッピーやアメカジの若い店員のBDシャツの着かた。なにあれ。どんな格好しても裾を出して着てやがんのね。
とくにオジサンが見ていて辛抱タマランのが、ジャケットの下からBDシャツの裾を出して着てる格好。いくらジャケットが昔と違って短丈だからって、いいかね、チミたち、シャツの裾は出してもいい場合と出さないほうがいい場合があるのっ。なんでもかんでも裾出して着りゃあいいってもんじゃないのっ。またいまどきのBDシャツは、そういう格好に合わせてあえて丈がスゲェー短いってぇのもオジサンとしては気にいらんねぇ。
以前ビギンで、シップスでアイクベーハーのシャツを作ってもらったことがあるけど、あれだけ採寸したのに、やっぱり丈が短く仕上がってきた。一緒に作った綿谷画伯のシャツに至っては作り直したくらい短丈だったのだ。シップスの名誉のために言うが、あれはアイクの腕が悪いのではない。きっとアイクは日本の若いヤツらのいまどきの格好を見て「日本人はみんな丈の短いシャツを裾を出して着る」と思ってるからに違いない。それくらいみんな裾出して着てやがるからねぇ。
で、今回の本題のリボンベルトである。リボンベルトこそアータね、シャツの裾をちゃあんと中に入れてしなきゃ意味ねーじゃん。 なのに、どいつもこいつも短丈BDシャツの裾を出して、その下からリボンベルトをタラリンとたらしてるのだ。
あのね、それ正しいプレッピーじゃないですから。
でもポロシャツならそれでもいいだろう。と思ってたら、ラルフローレンの表参道店がオープンした時、カスタムフィットポロを裾出しでリボンベルトをタラリンとたらして出かけたら、アメリカ本土から派遣された本場の金髪ラルフなリボンベルト店員から「ポロの裾は入れたほうがクールだよ」って注意されちったかんねぇ。あわててポロシャツの裾を入れ直しただよ。フントニモー。
そもそもリボンベルト。昔はリボンベルトといったらあーゆーのでなくてね、オジサンたちはキャンバス地でトラファルガーのやつの赤とか緑をしていたのだ。ダブルリングベルトといったらあーゆーのでなくてね、L.L.ビーンの紺か赤か白のキャンバスベルトしかなかったのだ。フントニモー、腰からタラリンなんてしたくてもできなかったんだからね。
腰からタラリンとできるリボンベルトを初めて見たのは忘れもしない、綿谷画伯と二子玉川のラルフローレンを覗いたらそこで貰ったラルフローレン2001年春カタログだ。 スーツにリボンベルトを腰からタラリン。カラフルなコーデュロイのパンツに腰からリボンベルトがタラリン。「おおー、カッチョエエ〜」と、さっそくカタログに出ているリボンベルトを買おうと思ったら「日本では取り扱ってません」と言われてしまったのだ。
そしたら二子玉のGAPに入ったら似たような安いリボンベルトが大量に売っていて、画伯と2人で店内でラルフローレンのカタログを広げてラルフのリボンベルトと見比べながら、仕方なく一番似ているやつを買った。あと当時はJクルーでもリボンベルトがラルフよりひと足早く売っていて、でもまだそれもキャンバス地のやつなんだけど、オレは仕方なくそっちを買ってしていた。 ほんの4〜5年前までは、そういうリボンベルト不遇時代だったのである。
それがいまやどうです、お客さん。わざわざラルフで買わなくたってセプティズにもいろんなタイプのリボンベルトが、しかもラルフよりもお安い値段で売ってるではないか。しかも嬉しいMADE IN USA。
なんでも「バロンズハンター」という、なんか東映の特撮ヒーローみたいな名前のブランドで、ラルフのリボンベルトとかもここんちのやつだったらしいね。
オーシ、オレもセプティズでバロンズハンターのリボンベルトを1本新調しようかな。そうだなぁ、柄は王道のストライプがいいな。これにアールズアパレルのべイカーパンツを合わせて、サニースポーツのシャンブレーのワークシャツを腕まくりして着て、素足にL.L.ビーンのブラッチャーモカで決まり。その際、リボンベルトは腰でひとまくりして、タラリンもやらない。もちろん、シャンブレーシャツの裾はきっちりとしまう。これ、エンジニアードガーメンツの鈴木大器がよくしている格好ね。
やはり大人のアメカジは、ちゃんと裾をしまうときにはしまうのだ。バロンズハンターのことを「バロハン」なんて言ったりしたら承知しないかんねっ。
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